【七つの子】

第67話

【七つの子】


 夏。僕らは子どもだった。

 タカルの持って来た古い巻き物。それに記されている宝をこれから探しに行く。電車でふた駅離れたタカルの祖父の私有地にだ。

 タカルは祖父からは、「絶対に入るな」と言われていたらしいが、僕らは子どもだった――絶対に入るな、とは僕たちにとって、入るべきだ、と同義である。

 自転車で住宅街を疾走する。気分はすっかり勇者だ。魔王の部下のカラスや手下のセミが喧しく喚いている。 偵察隊のトンボは次々に現れ、僕らを追跡してくる。僕らは軽快に奴等をやっつけた。持っていたシャベルを大砲にして。もちろん僕らにだけ見える特別な攻撃。もしかしたらカラスやセミよりも僕らは煩かったかもしれない。

 タカルの祖父の私有地は山だと聞いていたが、実際は山というよりは針葉樹と広葉樹が半々ほどの割合で斑に生い茂った大きな丘、といった様子だった。後で知ったことなのだが、この山以外のふもとの土地もタカルの祖父の土地だったらしい。

 僕らは巻き物を開いた。とても古いものだと一目で分かる。タカルが言うには「俺の先祖」が残した品らしい。巻き物は動物の皮で、綴られている文字は僕らが子どもであることとは無関係に読めない。けれど幸いにも巻き物には地図が書いてあった。

 僕らに唯一読めた文字(といっても巻物を真剣に読んでいたのはサクマだけだったのだが)は「箱」「埋める」「禁」だった。「箱」の前の文字は掠れていて、「宝」か「空」だか解らなかった。

「空箱だったらどうする?」サクマが楽しそうに言った。

「じいちゃんのイタズラってか? あの堅物がか?」ありえねぇ、とタカルは大げさに目を見開かせた。

「肩ぶつ?」シゲルがケタケタと一人で笑いながら呟く。

「いや、タカルのじいちゃんは得体が知れないからなぁ。孫をからかって悦に浸ってたりして」と僕は冗談めかして言った。それはそれでおもしれぇけどな、とタカルは肩を揺らした。

「もしかしたら先祖のイタズラかもね」サクマは持っていた巻物をタカルに返しつつ口にした。「確かにさ、タカルのじいさんはクソ真面目だけど、じいさんの祖父さんまでがクソ真面目だっかは解らないだろ? それにこれは本当に古いものだよ」

「タカルの祖父さんクソまみれ?」呟いてシゲルはまた一人で噴き出している。

「さすが俺の先祖、中々やるな」言いながらタカルは巻物を巻き直す。

「悪戯とか洒落にならないって。とんだ骨折り損だぞ」とわざとらしく僕は顔をすごめる。「空箱すらなかったら、タカル、おまえを山に埋めて帰るからな」

「え、なんで?」目を見開いてタカルは停止した。それから朴訥と、「俺が宝だから?」と破顔した。

「こんなガラクタいらないよ」とサクマが笑った。タカルも笑った。シゲルはさっきからずっと笑っている。その無邪気なタカルたちの笑顔が楽しくて、僕もつられて笑ってしまった。

 こんな会話をしながらも僕らは、何の根拠もなくそれが「宝箱」だと信じていた。そうすることで得られる高揚感を僕らは求めていたからに他ならない。理由はそれで十分だ。ウキウキすることが子どもに課せられた何よりも最優先させられる任務であり、目的なのだから。

 巻き物の地図は現代の地図と同じで山を空から輪切りにした等高線のような代物だった。宝を示す×印は何とも解りやすく印され、山の真ん中、頂上を示していた。

 僕らは地元の町から一時間で山のふもとへ着くと、山を登る道を探した。道すがらいくつも建てかけられていた進入禁止の赤い看板は、錆びていて読めなかった、という事に僕らはした。

 きちんとした人の通る道が見つからなかったので、獣道のような細い道を僕らで造りながら頂上を目指した。

 登山途中も僕らは、背の小さい僕の背丈ほど生え伸びて群がっている野草たちを、モンスターや兵士に見たてながら蹴散らし、最終的には魔王を倒す前に頂上へ着いた。

 頂上には大きな一本松が他の木々とは距離をとって孤独に佇んでいた。何とも解りやすく親切な松だろう、と僕は思った。ドラえもんの裏山みたいだ。

 僕らは何の疑いも持たず、その松の木の横を掘り始めた。どの地点から掘るかなどはまったく考えず、とりあえず掘ればご褒美が貰える、といった単純な結果を僕らは信じていた。

 何時間掘っただろうか。何も出て来ない。実際は数十分だったのかもしれない。けれどすぐに訪れるはずの甘い結果を期待した僕らには長過ぎる時間だった。

 この日僕らは穴掘りを早急に取りやめ、昆虫探しや、木登りをし、皆で秘密基地の計画を建てたあと帰ってしまった。

 けれど次の日も僕らはここに来て穴を掘っていた。

 穴を掘る趣旨はとっくに宝から離れ、各々の空想を育ませる手段になっていた。

 ひんやりと冷たい土と静かな自然に囲まれながら僕らは、色鮮やかで百花繚乱、多種多様な幻想の中にいた。

  地底人との交流や地球の裏側へと繋がるトンネル、恐竜の化石の発掘、宇宙人達との交戦に備えての戦闘秘密基地、謎の巨大未確認生物の捕獲用罠……そんな世界を僕らは穴に見出していた。 まさに掛かりっきりだった。取り付かれた様でもあった。

 土の、サクっ、というシャーベットを掬うような音と、僕らの奇声や笑い声だけが山に響いていただろう。たまに岩を堀当たって、ガギっ、と鈍い音もする。その度に、カキーン、という効果音が僕の頭の中に響き渡っていた。

 穴を掘るという行為は僕らの現実と夢との境界線を取り去るということに一役買っていたのだと思う。

 僕らはそれから数週間通い詰めた。それは夏休みが終わっても続いていた。

 人生の灯火を残すかのように必死に鳴いていたセミたちは次第に消えていき、代わりに仲間との別れを悲しむようにヒグラシがないていた。

 喧しいカラスを僕らは相変わらず脳内で叩落としながら、住宅街を自転車で駆け抜け、山に進入していた。

 僕らの穴はしばしば岩や根っこに阻まれたが、僕らの空想と共に広がりと深さを増していった。 遂にはその全貌が幅五メートル、深さは一番深い所で三メートルはあろうかというクレータと化していた。尋常ではない。異常である。子どもが掘れる穴ではない。けれど僕らは、それが当然の結果である位に熱中していた。夢中だった。

 夏休みが終わってから二週間後の日曜日。その日も僕らは掘り進めていた。しかし数分もしない内にとても堅い何かにブチ当たった。

 カキーン、とこの時初めて実際に音が響いた。今度はきちんと耳から頭へ。

 ――また岩か?

 僕らは取り除くべく荒っぽく突っ突き、ほじくる。 しかしまったくの予想外にも、岩とは似つかわしくない人工的な表面が穴の底に露出した。

 ――もしかして、宝?

 久しぶりに僕らの頭に浮かんだ。

 僕らは急いで横に掘り進める。けれどその人工的な硬い表面は僕らの作り出したクレーターの底をどこまでも続いていた。

 僕らは手を止め、今から途方に暮れようかという時にサクマが言った。

「親父の仕事場で見たことあるけど、地中には配管や地盤を補強するコンクリートが埋まってるんだ。これもきっとそれだよ」

 つまり、これは宝どころか僕らの空想を育ませる要素も味も素っ気も無いものだ、という結論をサクマは僕らに叩き付けた。

 そしてここは過去、それも比較的近代に掘り返されていて、宝箱は無かった、若しくは既に掘り出された、という推測が僕らをさらに脱力させた。

 この先は掘り進められない。

 急速に霧散する空想。

 僕らは静まり返る。

 とても静かだった。

 誰が指示するでも無く僕らは帰り始めた。

 次の日から誰もあの山の話題は出さなかったし、出してはいけないという暗黙の了解が何故かなされ、律儀に守られていた。


 ***

 僕は大人になる試験を受けさせられた気分だった。 今だから言葉としてそう表せるのかもしれない。あの時に受かったのかどうか知る術を僕は持たない。

 けれど今は年をとり、仕事をして、結婚もし、三才になる娘もいる。そして毎日、朝と夕方に僕は電車で揺られている。

 あの山はといえば、今は国有地となり現在も立ち入り禁止のフェンスを張り巡らせている。

 電車の窓に流れるあの山を眺めるたびに僕は考える。タカルの先祖は宝箱をあの山に埋めた訳ではなく、宝箱を埋めて出来たのがあの山なのではないかと。けれどそれは宝なんかではなく、空から現れた巨大な何かだったのではないか? そして今でもあの山には得体の知らない何かが埋まっていて掘り返されるのを待っているのかもしれない。それとも拒んでいるのだろうか?

 穴を掘ることにあんなに熱を上げ、夢中だったこと自体が不思議に思うし、それから醒めた後の僕らの無関心さとあの山に関する排斥も異様に思える。

 操作。

 排除。

 自己防衛。

 こんな単語が頭を巡る。けれど最後には違う言葉が思考を占領する。

 ――あの頃、僕らは子どもだった。

 いや、未だにこんな妄想をしている僕は子どものままなのかもしれない。ただあの頃の僕らを異様と思ってしまうくらいには大人になってしまった。それとも子どもの任務を健気に遂行し続けているだけなのだろうか。

 僕は電車から降り、自宅に向かう。

 カラス達が今日も喚いている。

 街中の喧噪と同じくらいけたたましい。

 僕は片手を構える。

 ピストルの形に。

 歩きながら。

 脳内で奴等を一掃する。

 振り帰らずに。

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