【下校の君と花言葉】

第64話

【下校の君と花言葉】


 ケンは下駄箱に寄り掛って、靴を履くのに手間取っているカホを待っていた。

「ごめんケンちゃんおまたせにゃー」カホは笑窪を空けてケンの元へ、けんけんで寄る。

 おーじゃ行くか、とケンは歩きだし昇降口を出た。カホも追うように出ると、ケンの横に付く。

「なぁカホ? 小学校の時にさ、音楽ってあったじゃん?」校門を出てからケンが遠くを眺めながら言った。

「ウチは今も中学校でも音楽の授業はあったよー」とカホはケンを覗きこみ、柔和に微笑んだ。

「あ、そういやそうだった。まぁ何でもいいよ、んでさ、小学校の時の音楽でカホ、好きな曲って何だった?」

「急にどうしたのさケンちゃん? ヤブからボウにそんなさー」藪から棒に、を小学生の様な拙い口調で言いつつ、カホはケンを見上げている。

「んーまぁな、なんとなくだ。てかあれだよ、心理テストみたいなものだからさ」

「うっそだぁ、まーたケンちゃん適当なこと言うだけでしょ? そうやってケンちゃんはさ、またカホをからかうつもりなんだ。カホはもうオトナだから、騙されないのだ!」

「いつ俺がカホを騙したよ?」口元を吊るしてケンはおどけるように言う。「そんなこと、一度だってしたことはない、と俺は神の使う箸に誓おう」

「いや、そこは神さまに誓って!」カホは空を指差す。

「うん、いいよ、俺はカホに嘘をついたことが無いからさ、全然誓えちゃうよ? 箸なんてそんな小さなことは言わずして、スプーンにでもフォークにも、いやこの際だ、トイレットペーパーにだって誓ってしまおう」

「だから神さまに誓ってよ!」ケンの制服の裾を引っ張って、カホはもう一度空を指差す。ケンを睨んではいるが、その頬には笑窪が空いている。

「いやいや、そんなこと言っちゃってさ、カホってば本当は適当なこと言って俺を困らせたいだけっしょ?」

「違うもん」カホは頬を膨らます。

「なら俺がカホに言った酷い嘘、なんでもいいから教えてみ?」

「う~んっとねぇ、うんっとねぇ……あれぇ?」

「ほらな、ないだろ」ケンは得意げに人差し指をカホへ突き立てる。

「違うもん!」カホは目の前にあるケンの指を握って払いのけ、「一杯あり過ぎて一々覚えてられないだけなの!」と反論し、ちょっとまってよ、と言葉を続けた。「でもね、えっとぉ、えっとねぇ……確か、小学校の調理実習の時にね、ケンちゃんが『そんなに卵をかき混ぜると、ひよこになっちゃうよ』って凄く真剣にカホに注意してきたから、カホはそれ以来ね、卵をかき混ぜることができなくなっちゃったんだよ? むしろ小学校卒業するまでずっと、家庭科の実習がある度に、他の子に『混ぜちゃダメ~』って泣きそうになって注意して回ったぐらいだもの」ほらぁどうしてくれる、とカホはケンに言い迫った。

「世の中にはな、騙される方が悪い嘘ってのがあってだなぁ」とケンは呆れたように嘆息を吐いた。けれどそれからすぐに、でもさ、とカホを見下ろしながら明るく言い直した。「でもさ、いいじゃん。それってさ、痛い子とドジっ子とメルヘンのキャラの三色丼じゃん? めちゃくちゃ豪勢じゃん!」

「そんなの全然、全く、完璧に嫌だよー」

「そうかなぁ。俺は可愛いと思うけどなぁ」

 カホはケンを睨みつける、がその口元はむずむずと綻んでいた。

「まぁよ、そんな昔のことは気にするな。で、何? なんの曲が好きだった?」

「ああうん、曲ぅ? そうだなぁ、ちょっとまってね、えっとぉ。そうそう、『グリーングリーン』とか『クラリネットをこわしちゃった』とかは切なくて、カホは好きだったなぁ」泣いちゃうよね、あれ。とカホは付け足す様に呟く。

「ほうほう、なるほどねぇ。あーもうね、俺わかっちゃったよ、カホの心理を読み解いちゃった!」

「こんなんで何が解るの?」カホは小さい頭を小さく傾げる。

「ずばりカホはファザコンだ!」

「え、あ、うん。そうだけど? カホはファザコンだよ? そんなの周知の事実だよ。今更過ぎるよケンちゃん」

「あ、そういやそうだったな。表も裏も無く、隠す隙間すらなくカホはお父さん一筋だったな」

「うん、結婚するならお父さんがいい」照れくさそうにはにかむカホ。

「ふうん……てかなぁ、それって普通は小学校に上がったら言わなくなる常套句じゃないか? お前今、高校生だろ?」

「カホのダディーはそこらのお父上とは全然違うのだよケンちゃん。ケンちゃんだって知っているでしょ? ウチのパパは特大・特別・特盛りで格好いいのだ!」

「まぁ、タカシさんは確かに格好いいけどさ……。せめてさ、『お父さんと結婚』じゃなくってさ、『お父さんみたいな人と結婚したいな』に言い換えなよ。マジで危ない人みたいだからさ」それに、とケンはごにょごにょと言葉を濁しつつ嘆いた。「そうじゃなきゃ、俺の立つ瀬がないじゃんか」

「いいんだもん、カホはお父さんと結婚するんだもん。危ない子なんかじゃ無いもん」言いつつカホは小石を蹴り上げた。ケンの嘆きは聞き漏らしていたようだ。

「あぁ~……うん、もういいや。それでいいよ、お父さんと結婚すればいいよ」

「うん! あ、じゃあさ、逆にケンちゃんの好きだった曲はなにかなぁ?」カホは機嫌の好さそうに今度はケンへ質問を返した。

「ああ俺かぁ、俺はな。ほら、あれだよ」

「どれなの?」カホは小首を左右にリズムよく傾げる。

「メロディは浮かぶんだけどなぁ……」

「どんなんかにゃ?」

「た~ら、ら~・た~ら、ら~って奴」

「え~なんなのだそれは? カホには皆目わからにゃいにゃー。ケンちゃんってば音痴だぁ~」

「そうかぁ? おっかしいなぁ、俺ってば結構歌うまいはずなんだけどなぁ」

「ううん、全然だよ。聞くに堪えない二歩手前、ジャイアン愛弟子なれそうじゃん、位には音痴だったよ。上手いだなんて、誰に言われたのさ、そんな嘘?」

「え、カホにだけど……なんだよ嘘だったのかぁ」

「カホってばそんなこと言ったかなぁ?」

「もうどうでもいいよ、むしろ音痴にはもう触れないでくれ。あーあ、にしても思い出せないなぁ、もどかしいったらありゃしねー。なんだっけかなぁ、あれだよ、アレなんだよ」

「だからどれさー?」カホは楽しそうに相槌を打つ。

「えっとさ、なんて言うか、カタカナで、花の名前見たいな感じで、イメージがネズミみたいな」

「ふーむ……そんなんあったかなぁ?」

「なんだっけかな、だからあれなんだよ、イメージがネズミでさー」

「それはさっきもう聞いたよ」カホは軽く噴き出す。

「うーん、何て曲だっけ?」

「じゃさ、音痴でいいからもっかい歌ってみて。オトナなカホはケンちゃんの音痴、我慢できるからさ」

 ケンは若干躊躇しながらも、先ほどよりも気持ち力を入れて、「た~ら、ら~・た~ら、ら~」と口ずさむ。

「あーもしかしてさ……それってエーデルワイス?」

「そう! それ!!」とケンは勢いよくカホを指差す。「あ~すっきりしたぁ。流石だなカホは」

 へへん、とカホは得意気にジャンプし、着地と同時に、でもさ、と怪訝な顔をケンへと向ける。「でもさケンちゃんさー、花の名前は合ってたけどさぁ、一体どこがネズミなのさ?」

「んー? そうだなぁ、ほら、ミッキーマウスと似てるっしょ?」音がさ、とケンは人指し指を立てる。

 カホは差し出された指を掴みながら、口に出さず確かめてみた。

 ――エーデルワイス――

 ――ミッキーマウス――

 似ていると言えば似ているが、それほどでもない。

「ケンちゃんってさ、頭ゆるいよね」飄々とカホは言った。

「いやいや、謙遜すんなって。俺はカホほどじゃないよ」おどけるようにケンは答える。

「それってどういう意味かなぁ?」むすっとカホは眉を顰めた。

「どういう意味でカホは言ったんだ?」とケンは悪戯に微笑み、カホの返答を待つ。

 カホは「う~」と唸って、口籠るしかなかった。卑屈に笑うケンを見上げ、唇を窄めて「ケンちゃんのいじわるぅ」

 ケンは心底満足そうに、カホの頭を優しく撫でながら、道沿いの家に咲く花を眺め、思い付いたように呟いた。

「なぁカホ。エーデルワイスの花言葉って、何だろな」

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