【チョコレートが食べたくて】

第62話

【チョコレートが食べたくて】


 市営バスの停留所に座り、次のバスを待つ間、僕らは空を見上げていた。あの雲が美味しそうだとかそんな下らない話をしていたら、みっちゃんが思い出したように聞いてきた。

「あのさ、トリがどうして飛ぶか知ってる?」

 みっちゃんはいつもこうだ。突然子どもみたいな疑問を僕に投げ掛ける。そして大抵それらは普通の解答じゃ満足してはくれないんだ。でも普通ってなんだろうね? そう考えるとどんどん思考の迷路に迷い込むから考えるのはよしとこう。

「羽根があるからでしょ」僕は敢えて当たり前のことしか言わない。

「一般人はそう考えるだろうね」みっちゃんは嬉しそうに言う。

「あれ? そんな気に障る言い方をいつ習ったのさ」僕も笑いながら答える。「なら一般人じゃない人間の答えってなんなのさ? 教えてみせてよ」

 空を眺めて哀愁漂わせるみっちゃんの表情が妙に可笑しかった。「あんなぁ、昔の人もな君みたいに考えてたんよ、だから腕に羽根を付けてみたんだよ。でも飛べなかったんよ」

「それは揚力を知らなかったからで、」

「ちょいお黙り」みっちゃんが顔をしかめる。「オチがちゃんとあるんだから大人しく聞

いときいな」

「いえす、ぼす」僕は敬礼の真似をする。

「悩み抜いたある人はだね、考えたのだ。トリにないものが人には付いているから飛べないのだと。逆転の発送ってやつだな。反対回りでも回覧板は届きますみたいな」

「みっちゃんそれ字が違うよ」例えが分かりづらい上に意味も履き違えているよみっちゃん。と心の中で新たに突っ込んでみる。

「まぁいいや。んでな、トリには羽根が付いているからよちよちとしか走れないとも考えたんだねこれが。だとしたら人には手が付いているから飛べないってことになるよね。ほら筋が通った」

 全然通って無いよ、行き止まりだよみっちゃん。頑張れみっちゃん。

「だからさ、これで飛べるはずだと確信なさった昔の人は両手をきっちゃったんだと。したらどうなったとおもう?」

「うん、そりゃ後悔したよねきっと」僕は精一杯普通のことを言う。

「それがさ、違うんだよ。上手く走れなくなったんだと、トリみたいに」

 脱力。

 それから込み上げてきた笑いを、なんだか悔しいから堪えた。

 むしろそれって違わないよね? 手が無くなっても飛べなくて、走れなくもなって、良いことなんて壊滅的に無いよ。最大級の後悔だよみっちゃん。

 僕は既に深く考えることをやめていた。けれどみっちゃんワールドが暖くて心地いいので話の続きを促した。

「そっかあ、それから?」

「ん? 終わりだよ。感激した?」

 あれ、もう終わり? オチは? そんなのって無いよ、この話ぐだぐだだよみっちゃん。

 ますます分からないよ。理解力の足りない僕に教えてよみっちゃん。「ごめん、よくわからない」僕は正直に言う。

「しゃーないなぁ君は。つまりな、トリがなぜ飛ぶかを追及したら、トリがなぜ走れないかを解明してしまったという偉大なお話じゃ」

 ああ、もう突っ込みどころが多すぎて対処できないよ。うん、でも。なるほどね。今回もみっちゃんらしい話だった。話だったんだけれど……心配だなぁ。

「みっちゃんその話誰に聞いたの?またあのバイトの捻くれさん?」

「ううん、違うよ。今回は居酒屋で意気投合したおっちゃん」

 やっぱり。「はぁ……。やめなよね、そういうの。知らない人の変な話に感化されてちゃ危なくて見てられないよ」

「見てくれなくても結構ケッコウ鶏さんだよ。それでも私はアイちんを見つめるけどな」

 やめてよみっちゃん見つめないで、恥ずかしいよ。「うん、ありがとう」なんてクールぶっちゃって僕って全然素直じゃない。このバカチン。

「あぁそうそう、その人もな片手が義手でさ、『飛べると思うたんだがね』なんて言い出すから爆笑だったんだぞ」

 ああもう、なんて楽しそうな笑顔。僕はもうそれで満足だよ、みっちゃん。

 話の区切りが良く、は無いけれどバスが僕達の前に滑り込んで来た。

 今日は旧型のバスだった。どうしたものか、と僕は悩む。

 炭酸の抜けるような音がしてドアが開く。

「ほら早く乗ろうよ」みっちゃんが僕を支えて立ち上がらせる。僕が「ありがとう」を言う前にみっちゃんは、僕の愛車を手際よく折畳むと先に乗り込み、愛車を受け入れ態勢にしてくれた。

 バスに乗り込む前にみっちゃんが呟いたのを、僕は聞き漏らさなかった。

「このバスチョコレートみたいだな」

 みっちゃん、あなた最高だよ。

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