【白河夜船】

第44話

【白河夜船】


「お前ら小説家なんて、自分らが一番深く物事を考えていると思い上がってやがるンだ。他の奴らよりも頭がいいと、他の奴らは何も考えてないと、そうやって蔑んでやがるンだ。どうだ、違うか?」

「部分的に違う、と言わざるを得ないでしょう。確かにある事柄においては、他の者たちよりも考えている、と自負している物事はあります。しかしだからといって他者たちよりも私が頭の良い人間だということにはなりませんし、そう思ってもいません。他の方たちにしても、私の考えてないことや、私よりも多くの思考を巡らせているだろうとも思っています。ましてや至極局所的な思考を取り出して、その熟考を他者と比べて蔑むなどといった愚行などおかしてはいません。それに、そもそもが私の熟考していることなど、いかに他人を欺くことができようか、という狡猾代物であり、決して褒められたような思考ではないのですよ。楽しい物語は、読み手を如何に気持ちよく騙してあげられるか、といった意外性が必要なのですから。推理小説に限らずね」

「ならば貴様ら小説家は下らないことを考えて、その考えたことを偉そうに講釈垂れているだけの、口先だけの役立たずではないか」

「それも部分的には正しく、また部分的に間違っています。第一に、私は確かに下らないことも考えています。しかしそれが私の思考の全てではありません。第二に、私は偉そうに講釈を垂れている、と自覚したことがありません。そう思われるような話し方をしているのならば、それはこうして忠告を頂いた限り、極力正す努力はしようと思います。しかし私から言わせて頂ければ、あなたのその物言いこそが偉そうな口ぶりではないだろうか、と認識してしまいます。第三に、私には確かに口先だけの傾向がありますが、決して役立たずではないでしょう。この世に真に役に立っていない者などいるのでしょうか? そもそも、役に立っている者とはどんな者でしょうか? 何かを成し遂げた者ですか? 誰かを助けた者ですか? あなたにお尋ねしますが、虐殺を成し遂げた者は役に立つ者ですか? その虐殺者を処刑から救った者は役に立つ者ですか? 犯罪者だって捕まることで自由を奪われて困るでしょう。その困っている犯罪者を庇って逃亡させることは役立つことですか? いいですか、それぞれ、成し遂げた者、救われた者側からすればそれらの行為は全て役立つ行為でしょう。しかし、虐殺された側からしたら、そして、犯罪者に損害を被られた側からすれば、役立たずどころか忌むべき敵対者ではないでしょうか。誰かの為にではなく社会の為に、というのが概ね『役に立つ』という意味なのでしょうけれど、たといそうであっても、この世には役立たずなどいないのです。もしくは、役立たずばかりなのです。なにせ、誰も未だに理想の社会を作り上げていないのですから」

「屁理屈だ」

「そう思われても致し方ありませんね。ところで、あなたは社会に対していったいどのような役に立つ行為を行っていますか?」

「働いている」

「それは成人になれば誰しもが担っている義務です。誰しも何かしらの仕事として、社会貢献はしているのです。それ以外に、という意味です。何か社会に役に立つ行為を齎していますか?」

「ならお前は何をもたらしているってんだ? 戯言を文字に起こしているだけだろうが」

「それは仕事です。仕事として成り立っているのですから、何かしらの貢献をしている、とみなしてください。それともあなたは出版物を何一つ読まないというのですか? 読みますよね? そうやって文字を起こすだけの仕事をしている者が社会に必要とされているのです。私も、そのような役割の一端を幸運にも担うことができているのです。私を否定することは目を瞑りましょう。私が我慢すれば善いことですから。しかし、私の仕事を否定することは止めて頂きたい。それは出版を生業にしてきた多くの方の人生を否定することに相違ないのですよ」

「わかった。それは確かに俺が悪かった。撤回しよう。しかし、だとしても、じゃあ、あんたは仕事以外に何をしているってんだ? 社会に対しての貢献とやらを」

「そうですね。やはり大したことはしていませんね。せいぜいが募金程度です」

「はん。その程度、俺だってやっているぞ」

「ほお。すばらしい。いったい何百万円を寄付なされたのですか?」

「な、何百万!? あ、いや、その――俺はだな……ちょくちょく買い物した時のお釣りをだな、その、募金する程度だが」

「はいはい。ええもちろん、それでも十分に立派な行いだと思います。日本国民が一円募金しただけで一億三千万円も募るのですから。それが百円だったならば、数百億です。とても素晴らしい貢献ではありあせんか」

「……あんたは幾ら募金してんだよ」

「次は前回よりも多めに、一億円寄付しようかと思っています」

「一億!? そんなに稼いでんのかあんた?」

「そんな。私にとっても一億円は大金です。しかし、私は月々十数万円程度の質素な生活で満足しております。手持ち無沙汰になっているお金などは、本当にお金を必要としている方たちに遣ってもらうのが正しい在り方でございましょう。お金が回ってこその経済です。溜めるものではありません」

「そりゃ立派じゃないか」

「いえ。私にはそれくらいしかできないのです。あなたの言う通り、私は戯言を紡ぐことが仕事の、しがない物書きでございますから」

「そんなことはない。どうやら俺はとんだ勘違いをしていたようだな。物書きにもあんたのような口先だけじゃない思想家がいたんだな。どんなに高尚な言葉を紡いだところで、行動が伴っていなけりゃただの詭弁だ。そうだろ?」

「その通りですね」

「おう。悪かったな、あんな言い方して」

「部分的には正しいのですから、お互い様です」

「そっか。じゃまたな」

「はい。機会がございましたらまたいつの日にか」

***

「先生。本当にそんな大金を、一億円なんて金額を募金なされていたんですか? 僕は感動しましたよ」

「なにを言っているのだキミは? 私がした募金なんてせいぜいが数百円だぞ」

「数百円? 数百万円のお間違えでは?」

「いや。数百円だ」

「え。ですが先ほど、次は一億円を寄付しようかな、と仰られて」

「しようかな――だぞ。まだしておらん」

「そんな、では嘘をおっしゃられたので? 騙すのはあまり感心いたしませんが」

「嘘などついていない。騙してもおらんよ。私は確かに募金をしているし、次は一億円募金しようかなぁ、とそう思っただけのことだ」

「ですが……」

「ですがも素顔もない。いいか、思うだけなら人は自由だ。違うか?」

「そんなのは詭弁です」

「ほう、解るか。確かにこれは詭弁だ。だがな、詭弁は立派な討論に用いられる技なのだ。政治家だって往々にして用いておるだろう」

「だから国民は怒っているではありませんか。大体、政治家がやっているからと云って、先生御自分もなされて良いということにはなりません」

「今日は中々どうして食い下がるではないか」

「先生らしくないからです」

「私らしい――か。ふん。貴様になにが判る。己のことも解らぬ者が、どうして他者を理解できようか」

「先生、お言葉ですが、己を知らないからと云って他者をおもんばかることができない、ということにはなりません。また逆に、他者を理解できないからといって、己を理解できない、ということにもなりませんよ」

「ふむ。詭弁のなんたるかを貴様はよく解っているな。勉強でもしたのか?」

「先生と数年のお付き合いです。門前の小僧のなんとやらですよ」

「ふふふ。面白いな貴殿は」

「貴様から貴殿に格上げですか? 素直にうれしなぁ」

「素直であるのは純粋な者の特権だ。邪な者は素直でないほうが私は嬉しいぞ」

「僕ぁ未だに純粋無垢ですよ先生」

「純粋な者はそんなことは言わん」

「ならなんと言うのですか?」

「純粋な者には邪なモノが映らん。故に、純粋な者は邪なことを知らん。だから、真に純粋な者には、全ての人間が純粋な者に見えている」

「ですから何と答えるのです、純粋な者は?」

「『純粋ってなんですか?』 または、『あなたもですよ』かな」

「なるほど。邪な者が考えた、純粋な者の答えとはそうなるのですね。勉強になります」

「ほお。中々言うようになったじゃないか。おい貴様。その口に聞き方、どこで習った? 是非とも私もご教授なりたいぞ」

「そうですね、ならば先生、鏡でもご購入成されればよろしいかと」

「貴様、さては偽者だな?」作家は呵々大笑した。

「はい。わたくしめは偽善者でございますから、先生のような本物の詭弁者とは違いますので」

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