【桜色の初恋】

第39話

【桜色の初恋】


 僕の初恋は、小学校へ入学して間もない、桜が散り始めた一年生の頃だった。

 僕の通っていた幼稚園が学区外だった為に、幼稚園時代の友達が、僕の通う小学校にはいなかった。

 異なった環境、異なった友好。

 それは幼かった僕にしてみれば、人生の喪失に匹敵する程の衝撃だった。

 なぜ今まで通りの生活が許されないのか。

 どうして大切だった環境を、友達を、捨てなくてはならないのか。

 僕は小学校という新しい環境で孤立していた。いや、きっとそれは僕が一方的に昔の思い出に依存していただけなのかもしれない。だから、せっかく声をかけてくれたクラスメイトや先生に対して、冷たく接していたのだろう。排他していたのは多分、僕の方。

 世界が全て、敵になったような錯覚。それにとり憑かれていたのだろう。


「キミ、いっつも独りだね」

 舌っ足らずで小鳥の様に優しい声。誰かが僕へ、話しかけてきた。

「だからなんだよ。関係無いじゃん」僕は机に突っ伏したままで答えた。

「なら、わたしと同じだね」

 僕はその言葉で反射的に顔を上げ、声の主に視線を向けた。柔和に微笑んでいる女の子が、そこにはいた。

 しばらく硬直してしまった僕へ、「なにか言ってよぉ」と彼女は可愛らしく唇を窄めた。

「なまえ……君の名前は」僕はやっと質問を思い付く。

「わたし? わたしは――」


 ――僕は目を覚ます。

 たった今見ていた夢が、現実に尾を引いていた。昔のことを思い出すのは久々のことだった。きっと昨日、同窓会の案内がきたことが、その原因なのだろう。


「アルバム、どこ仕舞ったかなぁ」

 僕は朝食を採り終えた後、押入れの中を漁っていた。

「お、あった」

 さっそく開いてみる。流石に懐かしい顔が並んでいた。記憶の底に眠っていた思い出たちが、順々に脳裡へ浮かび上がってくる。僕は見入っていた。そして、最後のページ。桜の木の下で撮った集合写真を眺め、アルバムを閉じた。

 おや、と僕はアルバムを見ながら感じていた違和感に漸くここで気が付いた。

「どういうことだ?」

 彼女が……いない。

 もう一度、今度は彼女のことだけを考えて、アルバムを開く。

 ぱたん、とあっという間にアルバムが閉じ終えた。

「いない?」なぜ? 転校したのか?

 いや、僕は最後の集合写真で、彼女と手を繋いでいた記憶がある。

「僕と君は同じだね」僕がそう言うと、「ずっと一緒だね」と彼女が答え、とても嬉しく思った記憶まである。


 アルバム最後のページ、集合写真に視線を巡らせ、

 ――そして僕は、「僕」を視つけた。


 皆から離れた桜の下。

 僕は独り。

 右手を不自然に横へ伸ばしたまま。

 幸せそうに、佇んでいた。


 集合写真の桜の木に。

 ボタボタと。

 涙の花弁が、染みていく。



 わたし?


 わたしは――――さくら。

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