【晩餐】

第31話

【晩餐】


 今宵。テーブルを囲んで、十三人の人間たちがパンとワインを肴に話に花を咲かせていた。

 全員の顔が紅潮し、酔いが程良くまわり始めた頃。

「来週の合コンのことだが」とリーダらしき人物が話を切り出した。「たぶん、この中の誰かが俺を裏切る気だ」

 その場は一瞬静寂に包まれる。が、すぐに騒然としだした。

「そんなことありませんよ」私らがリーダを裏切るなんて、とリーダの右隣に座っていた男が宥めるように言う。「あるわけがないです。そりゃあ確かに私たちだってあのマリアさんのことはとても素敵な女性だと思っていますし、仮に望むことが許されるのなら、お付き合いしたいですよ。ですが、それは叶わないことです。それはリーダがマリアさんを想っている、ということ抜きに、そもそも私たちなんてマリアさんに、見向きもされないんですから」

「そんなのは当然だ」当たり前のことを偉そうに言うな、とリーダは声を荒げて、「俺が言っているのはそんなことではない」と睨むように周囲の仲間たちへ視線を巡らせた。

「ではなんです?」

「自分たちがマリアを手に入れることが叶わない、とお前たちは誰しも理解している。それゆえに、俺への嫉妬も抱いたのだろう、愚かな奴だ。だからそいつは考えた。自分が手に入れることができなくとも、マリアを誰にも渡さないことはできる、と。つまりだな、マリアに俺の悪口をあることないこと、出鱈目を言って聞かせ、幻滅させようとしている。俺がマリアから嫌われるように企んでいるのだ」

「そんな」誰がそんなことを、と皆一様に他の者の顔を探るように窺っていた。

「リーダはその者がこの中のどいつかを知っているのか?」仲間の一人がリーダに訊いた。

「知っている」当たり前のことを言うな、とリーダは声を太くした。

「では、その者の名を今ここで。その者を我々が厳罰に処してご覧にいれましょう。さすればその者がマリアさんに近寄ることも無くなります」

「駄目だ」とリーダはすぐに言った。

「なぜです?」

「それでも、俺にとっては、そいつも大切な仲間だからだ」

 今まで騒然としていた者たちが、一斉に沈黙した。

 リーダは続けて静かに口にした。「そいつがマリアを本気で好きだからこそ計画したことなのだろう。ならば俺はそいつの意思を尊重したい」

「お言葉ですが、それでは余りにリーダが報われません」

「それも一興。だが、止めない理由は他にもある。そいつがマリアに俺の悪口や悪態を言って、マリアが俺に幻滅したと知ったら、多分お前らもそいつと同じように俺を踏み台にしてマリアに近付こうとするだろう」

「そんなことは致しません」仲間たちは声を揃えて言う。

「いや、するのさ。それだけお前たちはマリアのことを好いている。お前らだって、きっと俺だからこそ、マリアを口説く行為を許容しているのだろ? お前らの良く知る人物だからこそ、まだ冷静に対処できているのだろ、その沸き上がる嫉妬に。だが、仮にマリアがどこの馬の骨とも知らぬ優男と恋仲になったと知れば、お前らは多分、我を忘れて激昂するだろう。俺だってそうだ。だからこそ、俺以外でもしもマリアと恋仲になる奴が出てくるならば、そいつは俺の良く知る、俺が認めた男であってほしいのさ」

「リーダ……」仲間たちは酷く感激したようにリーダの顔を見詰め、その後、何かを思案するように項垂れた。

「リーダ、いいですか」言いたいことがあるのです、と仲間の一人が口にする。

「言ってみろ」

「私は、もう我慢したくありません。いや、きっと我慢できません。だから、いま、ここで私はリーダに宣告します。私は、マリアさんを愛しています。だからこれからは、リーダとはライバルです。どんな手段をしてでも私はマリアさんとお付き合いしてみせます。だからリーダも、私たちに遠慮などせずに、正々堂々と闘ってください」

 すると、他の者たちもこれに次々と同意しだす。この一人の女性を賭けて、仲間同士で争うことを誓いだしたのだ。

「そうか」とリーダは彼らの強い意思表示に感慨深げに頷いて、「わかった。では、来週の合コンは全員が敵であり、全員がライバルであり、そしてマリアを心から愛する仲間として、大いに闘おうではないか」

「イエス、リーダ!」と一斉に乾杯した。

「健闘を、祈る」リーダは赤いワインで唇を潤した。


 晩餐後。

 リーダは仲間の一人を呼び出していた。

「おう、来たか」リーダは頬杖を解き、今まで読んでいた本を閉じた。

「すみません、遅れました。あの、リーダ。一体どんな御用でしょうか?」緊張した面持ちで、その若者は呼び出された真意を問う。

「宇多よ。俺はおめぇに一言謝らなけりゃならねぇみたいだ。すまねぇな」リーダは頭を下げた。

 宇多は若者特有のはにかみに似た苦笑を浮かべながら、「本当に解ってらしたのですね、誰が裏切り者か」と小さく答えた。

「当たり前だ」と口元を吊るし、髭を撫でながらリーダは続けて口にする。「お前がもうすでにマリアと恋仲であることだって知っている」

 宇多は驚いたように目を見開いたがしかし、すぐ納得したように頬を緩めた。「そうだったんですか。だからあんなことを言い出したのですね」

「うむ。俺がああ言えば、たとえ宇多、おめぇがマリアと付き合っていることが露見しても、お前は裏切り者呼ばわりなんてされねぇだろう。この先もずっと、俺たちは仲間でいられる」

「……リーダ」

「いや、勘違いするなよ。俺はまだマリアを諦めたわけじゃねぇ。それに、お前がマリアに言った俺の出鱈目な話だって、それが嘘だと分かれば彼女はお前から離れていくだろう」

「ちょっと待って下さい!」宇多は体勢を崩して叫ぶ。「リーダ、確かに僕はリーダの並々ならぬマリアさんへの想いを知っていながら、彼女に言い寄って恋仲にまで漕ぎつけました。ただ、それは決してリーダを出汁に使ったような、そんな下賤なやり方ではありません。純粋に会話や贈り物、デートを重ねていった結果です。むしろ僕はマリアさんに、リーダがどれだけ素晴らしい男であり、僕らの仲間であるかということを熱弁していたくらいですよ。彼女はそんな仲間想いの僕に、好意を寄せてくれたみたいなんです。いえ、だからこそきっと僕は、運が良かっただけなんです。僕以外の皆がマリアさんと一緒にいたってきっと、リーダのことや仲間のことを熱く語っていたでしょうから」

「そうか。悪かったな、あんな言い方して」リーダはこめかみを掻いて言いにくそうに謝った。

「いいんです。リーダはいつだって僕らのことを考えてくれています。それを踏みにじるような格好で、僕は一人だけ抜け駆けしてマリアさんを口説いていたんですから。裏切り者と呼ばれても否定できません」

「だが、今日からはそれを否定しろ。俺の為に。仲間の為に。何よりも、マリアの為に。自分で自分のことを裏切り者だなんて言うような男、マリアには似合わないし、俺たちがそんな男は認めない」

「ええ。はい。ありがとうございます」

「いや、だから、俺はまだ諦めてねぇっての。油断してっと、他の奴らにだってとられちまうぞ」

「いいえ、僕はマリアさんを信じていますから」はにかみながら宇多は答えた。

「かぁ、言うねぇ。そう言われると、俺も困る」リーダは軽快に笑った。「マリアはああ見えて、人を見る目があるからなぁ」

「僕の目だって、確かみたいですよ」

 言った宇多の瞳は、リーダを真っ直ぐと見据えていた。

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