【雪の舞わない夜空の下で】

第28話

【雪の舞わない夜空の下で】


「そんなんじゃ友達できないぞ」彼女は白い息を夜空に向けて吐きながら、むつけた口調で言った。

「いいんだよ」と僕は下を向き、「それに僕は、友達になりたい人間を選ぶんだ」と地面へ言葉をぶつけた。

「なら、どんな人間なら友達になりたいのさ」彼女は僕の背へ問うた。

「うん。そうだね」と僕は顎を上げて空を見ながら、「群れずに、独りでも生きていけるような人間かな」と答える。

 星が奇麗だった。

 遠くに聞こえる車のエンジン音や風の音が耳を掠めた。――静寂。自分の呼吸が、鼻息が、溜息が、一挙手一投足が奏でる僅かな物音が、とても大きく響いて感じられる。しらず所作がぎこちなくなる。自分を取り巻く空気が希薄になっている。そんな気がした。それでも雰囲気だけが重くのしかかる。纏わり憑くように。

 じっと見詰めれば見詰めるほど、星は奇麗だった。

 冬の空はどうしてこんなに澄んでいるのだろう、と不思議に思う。

 群れずに、独りでも生きていけるような人間――。それは決して孤独な人間ではない。群れずに生きている人間はごまんといる。けれど、彼らは群れて生きることができないのだけなのだ。孤立からの逃避。逃避の結果の孤独。そんな孤独に価値はない。そんな弱い人間に用はない。そんな人間は、他人に媚び諂え、他人を蔑み、己のちっぽけな矜持を保とうとしている愚図な輩と大差ないのだ。

 僕の求める理想の人間像――それは、群れの中に身を置きつつも、独りで有り続けることができる、そんな強さを持った人間。それなのだ。繋がりを維持しつつも、己を見失うことも無く、独りになれることを安らぎと思える者。孤立を恐れず、孤独を求める者。そういった人間を僕は求めている。そういった人間を、僕は認めている、欲している、憧れている。だから僕は――。

「だったらさ」と彼女の声が再び背中に届いた。声が薄かったので、きっと彼女も星を見ながら話しているのだろう、と振り向かずに察しが付いた。「だったら、マー君のそのお友だちになりたい人ってのはさ、一人でも生きていけるんだからさ、きっと友達を必要としないよね。だからマー君とは友達にならないんじゃないかな」棒読みのように抑揚なく彼女は指摘した。

「でしょ?」と即座に僕は同意を促す。「だから僕はいつまでも独りなのさ」

 でもさ、でもさ、と彼女はすぐに言葉を返してきた。「でもさ、わたしがいるでしょ?」マー君にはわたしがさ、と彼女は白い息を断続的に吐いて、えへへ、と笑った。彼女の感情はたびたび瞬時に切り替わる。山の天気よりも変わりやすいし、赤ちゃんの機嫌よりも脈略がない。いや、赤ん坊の方が、規則性があるというものだ。

「……よくもまぁ、そんな歯の浮きそうな台詞を言えたもんだな」恥ずかしくないのか、と僕は呆れつつも感心する。

「だってわたし達、友達じゃん」さも当たり前のように彼女は答えた。

「さっきも言ったけれど、僕はね、友達になりたい人間を選ぶのさ」

「で?」と彼女は僕を真っ直ぐに見詰める。だからどうしたの? と視線で問われている。そんな気がした。その視線は少し怖かった。

 なにか言わなくちゃ、と思った。だから僕は苦し紛れに、でもね、と口にした。「でもね、選ぶ余地もなく、友達でい続けたい人もいるんだよ」僕にはさ、と何とも恥ずかしい台詞が吐き出された。咄嗟の機転がきかない人間、それが僕だ。柔軟性に欠けているし、応用力がない。鈍感なのだ。

「ふうん。なるほど、それがわたしか」と満足そうに言って彼女は、僕の前にその無垢な笑顔を付き出した。僕の顔をまじまじと覗くように。

「……だからさ、」と僕は熱くなった顔を背けつつ、「よくもまぁ、そんな恥ずかしげもなく堂々と言えたものだね」と自分をさし置いて、やれやれ、と首を振った。

「お互い様でしょ」彼女は僕の腕を小突いて、「それに、お友だちでしょ」とおどけるように続けて言った。

 小突かれた腕を擦りながら僕は星空を見上げ、真っ白い、空白のような溜息を吐いた。

 どうして冬の夜空がこんなにも澄んでいるのか。それはきっと、皆の吐いた白い息で、濁った空が浄化されるせいなのかもしれない。もしくは、空にはやっぱり天使かなにかが住んでいて、サンタクロースとトナカイたちが縦横無尽に駆け巡れるようにと掃除をしているからかもしれないな、と点で的外れな想像を僕は、彼女の横顔に見惚れつつ、巡らせていた。

「……お友だち、ね」

 まぁ、いいさ。

 今のところはこれで、満足。

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