【発芽までの懊悩】

第24話

【発芽までの懊悩】


「だっ!」飲み込んじまった……。全身の血の気がさっと引いて、背筋に嫌な汗がじわりと滲む。

 吐き出さなきゃ、と僕はその場で口を開き、喉の奥まで指を突っ込んで嘔吐しようとするも、中々吐きだすことができない。

 これじゃ駄目だ、と洗面所へと走り、水をたらふく飲み込んで同様に吐こうとしたのだが、むしろ悪戯に腹の奥へと押し込んでしまう結果となった。

「どうしよう」鏡に映った僕の顔は、酷く青褪めていた。なるほど顔面蒼白だ、と場違いな感心を抱きつつ僕は今、途方に暮れようとしていた。

 窓の向こうでは夕日が、萎れる様に沈んでいる。


 僕の研究テーマは『植物を応用した治癒力の強化』である。噛み砕いて言ってしまえば、新陳代謝を究極に底上げする研究。どんなに傷ついても、どんなに老化しても、種子が発芽し急速に成長し出す様に、細胞が分裂を繰り返し、身体を健康に保つようにできる、といった理屈だった。

 理論上は可能なことでもしかし、現実と理論との隔たりは大きい。

 僕の開発したナノマイクロ種子という細胞活性化ワクチンは、接種すれば確かに身体の治癒力や身体能力が著しく向上する半面、細胞の増殖が止まらず、一週間もすると、膨張しようとする身体を抑え込もうとして骨や筋肉が破壊され、そして修復され、といった果ての無い連鎖が生まれてしまう。想像を遥かに絶する痛みを伴い、けれど死ぬことはできない――正に生き地獄と化してしまうのだ。


 柿の種を抓みつつ僕は、そのナノマイクロ種子を手に取り、眺めていた。

 どうすればこの欠点を無くすことができるのか、それを考えていたのだ。

 そして閃いた。

 種子には種子休眠というものがあるのだが、それをワクチンにも応用すれば、暴走した新陳代謝を抑制する手段になるのでは、と思い付いたのだ。

 僕は早速、手に残っていた柿の種を口へ放りこみ、理論の構築へ取り掛かる。

 ――はずだったのだが、僕はなんと、柿の種とナノマイクロ種子を間違えて、飲込んでしまったのである。

 失態とも呼べぬ、愚行。

 成す術もなく僕は今、途方に暮れていた。


 死ねる内に、死んだ方が増しだろうか?

 それとも、一縷の望みにかけて、一週間を生き延びるべきか。

 だがもしも解決策が見つからなければ、一週間後の僕は……地獄行き。


 自分で蒔いた種とは言ったものだが、僕の場合、自分に蒔いた種だった。

 拾おうにも、拾えない。

 刈り取ろうにも、限りがない。

 あろうことか、直後に水まで与えてしまっている。

 ところで、種子が休眠から目覚める条件、それは。

 適度な水と。

 適度な温度と。

 そして、日光。


 朝日がゆっくりと、差し込み始めていた。

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