【残り二か月半の死闘】

第22話

【残り二か月半の死闘】


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんです。リーダの癖に隠し事ですか」呆れているのか怒っているのか、はたまた抗議をしているのか。三分の一ずつ混ぜたような口調でカオルは言った。

「申し訳ない。でもね、言おうにもそんな暇はなかったんだよ。説明したって到底信じてもらえる話じゃないとも思ったし」リーダと呼ばれた男は謙虚な口調で答えた。

「確かに隠し事するような人の話は信じないかもです。ですが、私たちはあなたの話なら、月が実は巨大なピザでした、なんてふざけたことでも『地球を侵略しに来た宇宙人が実は悪魔でした』なんて子どもの絵空事みたいなことでも信じるんですよ。なによりもですね、リーダの癖に私たちのことを信じていなかったことが本当に私は腹立たしいのです。百歩譲って、せめて私にだけは話してほしかった。ねぇ、解っているのですか? 相談してほしかったんですよ、私は」

「うん、解っているよ。申し訳なかった」リーダは丁寧に頭を下げる。男性にしては長い髪が垂れた。

 カオルはリーダの頭に手を伸ばし、長い髪を束ねながら「全然解ってないですよ」と彼の後頭部へ言葉をぶつけた。

 心なしか声が震えていたように、リーダには聞こえた。

「でも、言い訳をさせてもらえばだね、僕が近付けばきっと村にも危険が迫ってしまう。そんなのは最悪だろ? 災厄なだけにさ」

「ねぇ、リーダ。殴ってもいいかな? 私はね、真面目な話をしているんですよ。今度そんな下らないことを口走ったら、神に代わって私があなたを殺しますよ」

「なるほど、だから僕の前にカオル君が現れたのか。神さんも粋な殺し方を考えるなぁ」

「いや、ちょっと待ってください、実際には殺さないですよ? むしろ必死にリーダのこと守ろうとしているんですから、そんな言い草はあんまりじゃありませんか?」酷いですよ、と血相を変えてカオルは直訴する。

「冗句だよ。本当に感謝しているんだ、カオル君にはさ。君が助けに来てくれていなかったら、今ごろ確実に僕は死んでいただろうし。本当、神って奴は人間みたいな奴だよ。僕達のような陳家な生き物を玩具として扱ってんだからさ。僕達人間と悪魔を戦わせて、人類の統括者が悪魔に降参しなければ、賭けは神の勝ちになるらしい。神が賭けごとで悪魔に勝つために、神は人間を滅ぼそうとしている。つまり、悪魔と契約を結んだ僕を殺そうとしているんだ」リーダは拾ってきたようなボロボロの服を、カオルから受け取った新しい服に着替え、今までの経緯を大まかに回顧した。悪魔の概念を、言葉として説明できる範囲で。

「なぜです? ていうか逆じゃないんですか? 人間が滅ぼされてしまったら悪魔の勝ちなのでは?」

「人間が滅んだらさ、勝ちも負けもなくなるだろ? 負ける存在そのものが滅びるんだからね。故に勝つ存在も生まれない。これだと悪魔たちが人類に勝ったことにはならないんだ」

「あぁ、そういうことですか」

「だから神は、悪魔に悟られないように、間接的に僕を殺そうとしているんだよ」

「どっちが悪魔か判りませんね」

「そうだな、悪魔の方が律儀そうだったよ」今朝見た夢を思い出すように、リーダは視線を右上に漂わせた。

「ですが、私の家族も殺されたんです。今更何をしてもらったって悪魔たちを許すわけにはいきませんけどね」

「当たり前だ。だが、この不毛な虐殺を終わらせる為に、僕はその悪魔と同じことを選択してしまった。他の国の方達、いや、僕らの村以外の人間を全て殺してもらうようにと、僕は悪魔に提案して聞かせた」

「どうして……なぜそんなことを言ったりしたのですか」

「だから、あの時にどうにかしていなければ、僕たちの村は殲滅させられていたんだ。村のリーダである僕が人類の統括者となって負けを宣言すること以外で、僕達が生き延びる術はないのだと僕は判断した」そう、僕は悪魔と同じ虐殺者。あと二カ月半後、悪魔との契約を果たしたら僕は……どうすれば。

 リーダは神との死闘の他に、良心の呵責とも戦っていた。

 思い詰めた表情のリーダを見て、カオルは明るく声をかけた。「そうですね、リーダのおかげで私は生きていられます。私の弟も、子どもたちも、村のみんなが、リーダのおかげで生きていられます。少なくともリーダがとった行動は、私たちにとっては救いです。それに、そのことをみんなに言う必要もないと私は思いますし。私とリーダだけの秘密にしておきましょう。ああそっか、だからリーダは黙っていたのですね。でもですよ、自分一人だけで背負い込まないでほしいです。私もリーダと一緒に戦わせて下さい」私を側にいさせてください、と続けて言おうとした矢先、カオルは瞬時に身を翻した。自分達を取り囲んでいる、異様な気配に気が付いたのだ。

「リーダ」どうしましょう。カオルは困惑を浮かべた瞳を彼へ向けた。

「多分、野犬だろう。この辺は人間に捨てられたペットが群れをなしているんだ。まさかとは思うが、狂犬という可能性も考えて行動しよう。水は持っているか?」

 カオルは無言で頷く。

「ならそれを浴びせて怖がるかどうかでまずは野犬達が狂犬かどうかを調べよう。まぁ、群れをなしている時点でその可能性は低いがな」

「はい」カオルはペットボトルを握りしめ、気配のする方へと近づく。

 瞬間。

 リーダは真逆へ駆けだした。カオルから逃げるように。

「リーダ!」カオルの悲哀な叫びが聞こえた。

 それでもリーダは構わず彼女から遠ざかった。一緒にいては巻き込むだけだ。僕が彼女から離れるだけで、それだけで彼女の身の安全は確立される。きっとこれで野犬の群れも僕の方を追ってくるだろう。そう考えての逃亡だった。

 しかし、次第にリーダの足取りは重くなっていく。野犬の気配が全くなかった。いくら待っても、こちらへ追ってくる気配がなかった。

 背筋が寒くなった。

「そんな」リーダは踵を返す。寒気が身体を覆っていた。蟻のように、這い上がってくる。

 元の場所へ辿り着いた時。そこにカオルの姿はなかった。そこには、カオルだったものが、赤く、そして黒く、残飯のように転がっていた。

 声にすらならなかった。

 どうして……。

 どうして僕じゃなかったのか。

 どうして僕はカオル君を置き去りにしてしまったのか。

 どうして彼女が生きていないのか。

 どうして、どうして。

 どうして……。

 リーダは彼女だったその物体を優しく抱き上げる。ボロボロと、そしてベチャベチャと、湿った肉が零れ落ちた。

 すると、野犬が一匹、リーダの前まで歩み寄ってきた。

 こいつがカオル君を。リーダが憎しみの目で睨んだ途端、その野犬は事切れたように倒れた。

 咄嗟の出来事に硬直していると、次から次へと野犬が彼の元へ近寄ってきては、倒れていく。

 リーダを取り巻くように積み重ねって倒れていく野犬は全て、息絶えていた。

「これは……」これは僕に近寄ると死ぬ、ということか。僕に近づいた者は、容赦なく殺すと、そういうことなのか。僕のせいで、僕がカオル君の側にいたから、彼女は死んだと、そう言いたいのか神さん、あんたはさ。

 悲痛な嗚咽が止まらなかった。自分が生きているだけで、それだけで大切な者が死んでいく現実。それは堪えがたいほどに、死ぬことよりも辛い現実だった。

 自分が死にさえすれば、自分が死んでさえすれば、彼女は死なずに済んだのではないのか。そう思わずにはいられなかった。

 リーダはこの日。初めて、自分が生きていることを悔いた。

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