【残り三か月の死闘】

第21話

【残り三か月の死闘】


 二〇XX年。

 高度な文明を持った地球外生命体が地球へ降り立った。

 明確な目的がまったく判明しないまま、意思の疎通を一切果たすことなく、唐突に、前触れもなく、不意を突くようなタイミングで、一方的な虐殺が始まった。もちろん、始めたのは人類……ではなく、地球外生命体の方である。

 人類は総力を挙げ、地球外生命体の無差別攻撃に対し、対抗を図った。しかし無残にも、そして無力にも、まったく歯が立たなかった。攻防戦に発展することもなく、虐殺とも狩りとも付かぬ、人類殲滅化が砂漠化のように進んでいった。


 兎にも角にも、半年後。

 人類の半数が死に絶えた。

 同時期。

 地球外生命体から、全世界が結託した地球防衛軍へ、英語で示された一通の交信、メッセージがあった。

 内容はいたって簡素なものだった。

 「降伏しろ、負けを認めろ」とのこと。

 しかし、地球防衛軍は、降伏を宣言しなかった。これまでの人類史では、降伏した側が多くの場合、不条理な条件、または劣悪な環境を強いられるからであり、降伏した側は例外なく、その勝者に服従しなければならなかったからである。

 そしてなによりも、人類としての矜持が、彼ら地球防衛軍の志気を未だ衰えさせずにいた。一矢を報いずにはいられない、そんな心境だったのかもしれない。

 この地球防衛軍の意向は、すぐさま生き残った人々へ向けて宣言された。

 「我々は決して屈しない」と。

 その結果、殺戮は続き、多くの人間が命を落とした。


 とある田舎の森の中。

 今まで何とかやり過ごしていたこの場所にも、奴らがやってきた。

 巨大な兵器こそ見当たらなかったが、それでも一匹一匹が兼ね備えている武力が、街一つを殲滅するのに一日を要さないほど強大であることは、一目瞭然だった。

 この集落のリーダーは思った。

「どうせ死ぬなら、やれるだけのことをしてから死のう」と。

 一人、奴らに向かって立ちはだかる。

「待ってくれ、話がしたい! 俺はここの統括者だ、そちらの司令官と話し合いたい!」

 男が選んだ最後の抗いは、戦うことではなく、話し合うこと。それだった。

 言葉も通じるか判らない相手に、一か八か、男は叫んだのだった。

 一瞬にして男は取り囲まれる。

 奴らは人型に近い容姿をしていたが、どうも一定の形を留めない。どれもが硬そうな甲殻に覆われているのだが、翼の様な触手が流動的に何本も生えたり引っ込んだりしながら、ウネウネと蠢き、こちらを窺っていた。

 それらが元々の身体の特性なのか、それとも機械の様な付属した武器なのか、見ただけでは区別が付かなかった。

 これから殺されるかもしれないというのに、男は奴らを分析していた。

 男は考えることを止めていなかった。

 生きることを、諦めてはいなかったのだ。

 自分の為に、そして、身を隠している、皆の為に。


 気が付くと、瞬間移動したかのように、場所が移っていた。真っ暗でありながら、細かい星の様な光が瞬いていた。

 宇宙の様だな、と男は思った。いやむしろ、ここは宇宙なのだろう、と冷静に状況を把握した。それは瞬時に場所を移動したというよりは、記憶が飛んだような、そんな感覚だった。

「なぜ貴様らは負けを認めない?」空間全体から声がした。流暢な日本語だった。

 言葉を選びながらも、男は答えた。

「負けを認めたいが、しかし、仮に俺たちが負けを認めたら、俺たちをどうするつもりなのだ?」言いながら男は、今になって自分が裸であることに気づく。衣服を身に着けていなかった。

「どうもしない。これは×××なのだ。お前たちが負けを認めれば、それで終わる」

 ×××? そんなことでこんな酷いことを? ふざけんな! と男は叫びたかった。言葉ではなく、概念そのものが、頭の中に入ってきている感覚。もしかするとこれは、テレパシーの様なものなのかもしれない。だから俺の言葉も敬語にならず、本音のまま出てしまうのか、と一人納得した。つまり、今の心の叫びも、きちんと叫びとして空間に響いていた。

「貴様らの価値観で我々を推し量るでない」声は相変わらず淡々とした口調だった。

 男は考える。「しかし×××と言うが、このままだとあんたのやっていることは×××じゃなくなるぜ? つまり無効だ。いや、だからむしろ、向こうさんの勝ちになる」

「なぜだ?」声は興味を示した。

「だってこのままじゃ俺たち人類は全滅だ。言っておくがな、×××なんて、負ける奴がいるからこそ成り立つんであって、負ける奴が全滅しちまったら、勝敗なんてあったもんじゃねぇんだぞ?」

「よく解らんが、例えばこれが、一対一の×××だとすれば、相手を殺した方が勝者であろう?」

「それはおかしい。だったらあんたは、最初から容赦なく俺たちを殲滅すれば良かったんだ。あんたにとっちゃ、一瞬で俺たちを抹消することなんて造作もないことだろう? でもそれをしなかったってことは、あんたには俺達を滅ぼしてはならない理由があったってことだ。つまりそれが×××なんだろ? 敗者を作ることで勝者ができる。だからこそ、×××が×××として成り立つんじゃねぇのか?」

「一理ある。ならば貴様らの統括者が降伏すれば済むだけの話だ」

「いや、防衛軍の奴らは頭が固いからダメかもしれない」

「なら我々は、お前たちの統括者が降伏するまで攻撃を続けよう。そうすれば最悪、人類最後の一人に降伏宣言をさせれば済む」

「それじゃ駄目だ!」男は声を荒げる。「最後の一人じゃ結局人類は絶滅する。一人じゃ子孫を残せないからな」

「ならばメスとオス、二匹を残そう」

「それもダメだ。人間って奴は弱い生き物でね、よっぽど互いに好き合えないと、二人だけで生きていくなんてそんな大変なことはできないんだ。そもそも子孫すら残せないかもしれねぇ」

「弱い、というよりは、欲深い、だな」

 まぁだから、と男は声の指摘を無視して続けた。「俺がいい方法を教えてやるよ」

「言ってみろ」

 ふむ、と男は頷き、いいか、よく聞けよ? と話し出した。「手っ取り早くだな、現在の統括者である地球防衛軍の奴らを殲滅して、他の国の奴らも殲滅して、俺たちの村だけを生き残らせてくれ。そうすれば、村の統括者である俺が、人類の負けを認めてやるよ。それで万事解決だ」破裂しそうな鼓動で身体が小刻みに震えていた。その身体を両手で押さえつける。

 ああ、俺も悪魔の仲間入りだな。なんてことだ、と男は落胆した。

 けれど、これ以上の妙案が浮かばなかった。

「面白い。いいだろう、次に会うのは三カ月後としよう。それまで貴様が死ぬことは許されない。罪の意識などという陳腐な感傷で自らの死を望むのは勝手だが、我が貴様の提案を呑む以上、この契約は必ず守ってもらう。それでよいか?」

 「了解したよ」

 「よかろう。サタンの名の元に、貴様を人類の統括者にすることを、ここに誓おう」


 ***

 俺は瞬きをする。

 再び瞳が色彩を受け入れると、周囲の風景は見慣れた森の中だった。

 そこに一人、俺は佇んでいた。

 ああ、皆になんと説明すればいいだろうか……。

 地獄のように深い嘆息を俺はもらす。

 すると突然、前方から巨大な熊が姿を現した。涎を垂らし、物欲しげに俺を睨んでいる。

 人間が森に棲み付くことで食物は減った。その熊はきっと腹を減らしているのだろう。そして目の前には絶好の餌、裸体の人間。そう、この俺だ。

 武器はない。

 さて、逃げ切れるだろうか……。

 木々に覆われた空を見上げて俺は嘆く。

「神さん、あんたって奴は……悪魔以上に悪魔だなぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます