【血も涙もなくはない】

第18話

【血も涙もなくはない】


 意識が飛んでいる間、私は記憶を辿っていた。



 彼女は泣かなかった。

 突き刺されても、切りつけられても、潰されても、焼かれても、どんな拷問以上の仕打ちを受けても、凛としていていた。いや、もちろん、痛みを感じていないわけではないらしく、一瞬表情を悲痛に歪めるのではあるが、彼女は次の瞬間には瞳を、真っ直ぐと向けていた。

 けれど、まだあどけなさの残るその頬っぺたの奥ではきっと、軋むほど強く、歯を食いしばっているに違いない。私はいつもそんなことを想像しながら、彼女へ施す実験を、コーヒー片手に次々と職員へ指示していた。


 ――不老不死。

 それはいつの時代も、人を魅了する概念の一つである。

 死を意識したその瞬間、人は人と成り、思いやりや命の尊さ、自分が有限であるという絶望、そして死への絶対的な恐怖を抱くのである。

 その結果、死なないことへの憧憬に魅せられる。

 それは一方で、宗教などの神という概念を生み出し、死の恐怖からの救いを求め、また一方では、生命の神秘を解明しようとする現代科学への一つの原動力ともなっている。

 しかしそれらの延長線上にはやはり、不老不死の存在はどうしても欠かせないエッセンスとして、君臨し続けた。憧憬は、願望と欲望の間に生み出され、理性と欲動を結びつける、そんな人間としての欠陥であり、また特化した性質でもあるのだ。

理想を追い求めることで人は、自然界から脱しようとする者として成長し続けてきた。それは、身近にあるものに学び、加工し、継ぎ足して、より「らしい」ものを創り出すこと。「らしい」とはつまり、「理想に近い」ということであり、理想に近づくことを、生きる目的とし、そうすることで人はやっと、「死の恐怖」から目を逸らすことができたのだ。

 死の恐怖とは即ち、「自己の破棄」であり、「人生の喪失」である。

 自分がしてきたこともいつかは無に帰してしまう。

 自分がしてきたことなんて、なんの意味もなさなくなる。

 そんな途方もなく虚しい思案に苛まれることになるのだ。

 ところが、人々に語り継がれることで自己を他者へ投影し、間接的に生き続けようと試みて、安らかに眠る者も多い。人々の記憶の内に留まり続けることが、死後もなお自己が生き続けることだと、そう思い込める者がいるのも事実なのである。

 しかしそれが仮に、死後も尚生き続けるという意義になり得たとしても、人類という種の寿命が終われば、やはり死ぬのである。

 人類が滅びれば、今していることは全て、無意味と化すのだから。

 もちろん、『そうなれば』の話である以上、『そうなっていない』現在の時点で、この仮定を元に、「人生は無意味だ」と言って生を放棄するなんて不肖な輩は、そうそういないだろうとは思うのだが。


 私の行っている実験とは、こういった自己の不安定さから脱したいと憧憬の念を抱き続けている人間たちが、こぞって研究し、或いは投資し、はたまた只の傍観者と化して理性と欲望を切り離して過ごす者も少なくはないのだけれど、とどのつまり、不死者を生み出す為の実験であった。

 現在では、不老と不死は異なった分野として確立されており、私が取り掛かっているテーマは不死である。


 ここ数年で画期的な発見があった。

 中性子レベルでのエネルギィ代替循環をし続ける、新たな物質の発見。

噛み砕いて説明すれば、分解と再構築を繰り返すことのできる細胞を生成することが可能だ、という画期的な物質だった。

 そして最近実際に、超再生細胞と何とも安直な名称の、夢の様な細胞が作り出され、遺伝子工学の最先端技術を用いて、人造人間を見事に生み出すことに成功した。

作り上げられた人造人間は、全部で三体。それぞれ、イヌ、キジ、サルと名付けられ、実験室へと送られた。


「来週からは、どの程度の切断から、複合ではなく再生へと移行するか、の記録を取る。ミリ単位で――そうだな、とりあえず、初日から両腕いってみよう。翌日は両足で、来週中に胴体まで済ませよう。頭部は今まで同様、他の実験が済んでからだ。死んでもらっては困るからな」私は拘束されたままのサルがいる部屋で、打ち合わせをしていた。

 教育は言語も含め、一通り施してはいるが、サルたちが言葉を口にした事例は未だ報告されていない。実際、どの程度の知能を有しているのかは、未確認のままだった。

 しかし我々の知りたいことは、人造人間の、人間としての完成度ではなく、不死としての確かな情報だった。不死だと確実に言いきれるまで我々は、彼女らに、通常では痛みだけでショック死するような外部刺激かつ内部刺激を与え続けた。続けている間に私は、三匹の内で彼女、サルだけが他の二体とは異なる個体であると、認識するようになった。

 他の二匹は、子どもの様に泣き叫んだ。実験に及ぶ前に人が近付くだけで、条件反射の如く泣くようになった。

 けれど、サルは泣かなかった。

 近寄る人間の顔を、直視し、見詰め、視線を外さなかった。しかしそれは睨んでいるようでもなく、ただそこにある物として認識している、といった様だった。


 施設内に警報が鳴り響き、私が駆け付け、真っ赤に模様替えのされた実験室を目の当たりにしたのは、それから半年後のことだった。

 サルが脱走した。

 他の二匹は既に実験によって死んでおり(流石に脳を輪切りにすれば、死に至った。また、真空に身を置き続けさせても死に至った)、被害の大幅な拡大を我々は危惧しなかった。

 サルさえ捕えれば、それで事足りる。

 時間を掛ければ、容易だろう。

 そんな考えが、我々職員たちにはあった。

 それがいけなかった。その油断が、施設内の隔離防壁の発動範囲を狭めていた。

 サルはとっくに施設員の一般居住区へと逃げおおせていた。まさかサルが、我々に近い知能を持ち、この数カ月で我々から知識を盗み得ていたなんて。そうだ、知能さえあれば、我々の会話を聞いてその知識を取り入れる位の事は造作無かったはずだ。なにしろ私たちは、サルのいる部屋で会議を行っていたのだから……。


 解体されて次々と通路に散らばる職員たちから遠ざかるように私は、まだ白いままの通路へとその足を進めていた。最終的に辿り着いた場所は、サルの部屋。つまり、最初に赤く染まった実験室だった。

 誘い込まれたことに気付いた瞬間、私の意識は、頭部への強い衝撃により、どこかへ吹っ飛んでしまった。

 意識が再び私の元へと舞い戻った時。

 首を可愛らしく傾げて、膝を抱えて座っているサルが、私をじっと、見据えていた。


 彼女は立ち上がると、「お母さまたちの意思は、サルが受け継ぐからね。安心して壊れていいのよ」とその凛とした顔を柔和に綻ばせ、持っていた拷問用の金槌で、私の左脛を砕き潰した。

 私は既に死を覚悟し、どんな仕打ちも受け入れようと諦めていた。それ故に、痛みで転げまわる、などといった失態は犯さない。

「次は右ね」言うとサルは私の右腿を打ち砕いた。

 さっきは脛だったのに! 予想外の破壊に、私は悶絶する。

 死への覚悟など、容易に揺らがされた。

 一瞬で、恐怖した。

 覚悟なんてものは、想定した一点に定めるからこそ、その効力を発揮する。しかし一旦、覚悟の集束部外へ刺激が及べば、それは蓄積された反動のように、更なる恐怖として痛みとして、襲ってくるのである。

「お母さまたちって、脆いくせに、しぶといのよね」サルは屈んで、私の頬を愛おしそうに撫でた。

 頬から離れたその指には、奇麗な滴が、浮かんでいた。

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