【メンタル異常、恋愛ヌーボー】

第17話

【メンタル異常、恋愛ヌーボー】


 携帯電話を片手に、私は嘆息に似た深呼吸をする。要件をメールで済まそうと思って文面を考えつつ打っていたのだが、どうも要領を得ず、まどろっこしくなり、結局は直接かけることにした。

 リョウはツーコール目で出た。私はできる限り、申し訳ない口調を意識して声をだす。

 「あ、リョウ? いま、大丈夫?」

 「大丈夫だけど、どったの?」

 「あのですね、昼間にさ、誘ってくれたでしょ? 一旦断っておいてホント申し訳ないんだけどさ……あの話、今からでも間に合うかな?」

 「ん、ん? あの話ってどの話?」リョウはわざとらしく、とぼけた口調で言う。「あのさー、ちゃんと言ってくれなきゃわからんて。あちき、馬鹿なので」

 電話越しでもリョウのニヤケた面が目に浮かぶようだった。分かっているくせに、と毒づきたくもなったが、それを踏みとどめる様に思いとどまる。ここはどうしても食い下がらなければならない場面だぞ私、と自分に活をいれた。

 「ほら、誘ってくれたじゃん、飲み会。やっぱりそれに、私も行かせて頂いてよろしいでしょうか」

 「なになにどうしちゃったわけ? 男が同席だよって言った瞬間に『私パス』とかクールぶってたメンズ潔癖症はどこのどなたよ?」

 「メンズ潔癖症? なにそれ」訝る声を私は出す。

 「いやいや、ハナのことだって。だってハナってばさ、極端に男を避けるじゃん。頑固とかそんな度合い越してるよ。潔癖症並みに病的じゃんか」

 「違うって、他の子がおかしいんだよ。別れた数日後に合コンとか、どんな思考経路なのか私には理解できない」到底できない、と私は強調する。

 「いやいやウチらの場合、別れた当日に、だよ。特に女の子の恋愛はね、終わった瞬間に涙と共に蒸発するのだよハナちん」

 「へぇ。だったら私は女の子じゃないってか」

 「ああそうかも。ハナってさ、どっちかって言ったら男っぽいし」性格とかさ、とリュウは付け足す。「ガサツとも言うけど」

 「その厭味を受け流す代わりに、そろそろ返事を聞けないかな? どうなの? 私行っていいの、悪いの?」

 「それが人にものを頼む態度かよ」言いながらもリュウは陽気に笑っている。

 「それが餓死寸前の友人に対する態度かよ」私は嘆くように声を窄めた。

 「ああ、なるほど、なるほど。ハナちゃんは今月、お金が無くってピンチなのね」

 「そう、ピンチなのだ」私はおどけて誤魔化す。

 「で、合コンの飲み放題食べ放題で、お腹を満たしたいのね」

 「満たしたいのだ」

 「でもお金は?」

 「ないのだ」

 「だから払う気も?」

 「ないのだ」なんだかおかしくなってきて、私は言いながら小さく噴き出す。

 「しかも男とは?」

 「へへ。話さない」下唇を噛んで私は、ここで踏ん張らなくては、と笑いを堪える。

 リュウは深い溜息を吐いて、「流石にそれは都合良すぎじゃない?」と呆れた声を出した。

 「でも優しいリュウちゃんはきっと私を身捨てない」強く断定したものの少し不安になり、「でしょ?」と若干の甘えを添えた声でリョウに同意を求めた。

 「うっわ、ずっるいわー」仰々しくリョウは声を荒げる。

 「違うの?」

 「いやぁ……まぁ、うん。違くないよ」

 「へへ、ありがとう」精一杯の親しみを込めて、私は感謝を口にする。

 「どういたまして」

 なんだかとてもやりきれない、といった声を出してリョウは電話を切った。


 リョウと私は昔からの友人で、親友というよりも、腐れ縁といった関係だった。それは家族のような、お互いの汚い部分も全て認めあった上での付き合いである。だから、どんなに時間が経とうとも、この関係が崩れることはない、と私は思っているし、崩したくはない、と望んでいる。それはリョウだって同じはずだ。

 私たちは、いつまでも、どこまでも、平行線のように連なってはいるけれど、決して交わることの無い間柄なのだから。


 飲み会当日。

 私は一人、鳴りっ放しの腹の虫へ、「うるさいぞ、黙ってろ」と内心で文句を垂れつつ待ち合わせ場所の駅前へ向かった。

 ところが、駅前が何やら騒がしい。近付くにつれてそれが、待ち合わせの場所で、なおかつ喧嘩だと分かる。

 遠目からでもあからさまな怒号が聞こえていた。

 「もっかい言ってみろや! テメェのモミアゲ剃り落とすぞコノヤロー」とそんな間の抜けた、けれど本気の怒鳴り声が響いている。

 おやおや、と私は眉を顰める。聞き慣れた声ではございませんか。これは、そうこの声は、幼いころから聴き慣れた、リョウの声だ。

 声の周辺では、「何事か」と人だかりが、流れてはいるが、滞っている。その人込みを掻き分けるように進むと、リョウと、髪をメッシュに染めたモミアゲの長い男が、今にも殴り合いに発展しそうな剣幕を互いに張りあって、睨みあっていた。

 「何なんだよこいつ。呼んだの誰だよ。てかてめぇ帰れよ、空気よめねぇ奴はいらねぇんだっつーの」モミアゲは言うと、リョウの肩を突き飛ばす様に押した。

 「いってぇ……くない! だが、汚い! クリーニングしなきゃならねぇだろうが、どうしてくれる?」あぁ? とドスを利かした声でリョウは詰め寄る。

 「なんだよ、お前、そいつのなんなんだよ。ちょっと、プリクラみて、性格悪そうだなって言っただけだろうが」

 「言っただけ? ふざけんな、ありもしないこと言って、ハナのこと笑っただろうが!」

 「ちょっとした冗談だって。なにマジギレしてんだよ」意味わかんねぇ、とモミアゲは嘯く。

 「冗談? は? 人の友達の人格、完全否定しといてよく言うよ。いや、百歩譲って、ハナと付き合ったことがあるなら、まだ愚痴として堪えてやるよ、見る目がねぇなって許容してやるよ。だけどな、あんたはハナと逢ったことも喋ったこともねぇだろうが。それを見た目だけで悪くいいやがって」

 「気持ちわりぃよお前も、そのオトモダチもさ。なによ、そんなに想ってんだったら合コンなんかに呼ぶなっての。なに、その子ハナちゃんって言うの? だったら活け花にでもしてよ、飾ってりゃいいじゃん」押し花でもいいけどよ、とモミアゲは鼻で笑う。

 「大切だから触れられないものだってあんだよ」震えた声でリョウは叫ぶ。

 「だったら今日、俺がその大切な大切なお前のハナちゃんに、水をかけてやるよ」白くて濁ってる水をな、とモミアゲは下品に顔を歪め、リョウを嘲笑った。

 途端。リョウは右手こぶしを振り上げて、これでもかという勢いで殴った。それこそ、破竹の勢いで。

 「ちょっと、リョウ」何やってんのよ、と私は群衆をさらに掻き分けて、駆け寄る。

 「あ、ハナ……」ばつの悪そうな顔をしてリョウは、「ごめん、今日の飲み会中止。奢るからさ、場所かえよう」と私の腕を引いてその場を後にした。

 誰よりも唖然として呆けていたのは、突然殴られたモミアゲの男だった。


 「何があったの?」知っているくせに私は訊ねた。

 「いや、なんて言うかさ」と言葉を濁しつつもリョウは、「あの野郎に、大切なものを馬鹿にされたから」と未だ治まり切らない怒りを滲ませつつ、小さく呟いた。

 「そっか。すごく大切なものだったんだね」白々しくも私はとぼけて言う。

 「うん。とっても」

 言ったリョウの横顔には、さっきまでの憤りは浮かんでいなく、優しく微笑んで見えた。不本意ながらも、リョウのその一瞬の表情が私には、とても愛おしく思えた。まぁ、きっとそれは、目の錯覚に違いない、とそう思い込むことにしよう。けれど、そう思いながらもリョウの手を握る今日の私はやはり、どこか少し、おかしいみたいなのだ。

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