【押入れの夢】

第10話

【押入れの夢】


 押入れに身を投じ、外界から隔絶される。一般的にこの現象は、「叱る側」が「叱られる側」に対して強制する罰則だ。しかし僕の場合、「叱られた僕」が逃げ込む為に強行する、逃避だった。

 押入れの中というのは僕にとって、一切の外界からの遮断が実現できる唯一の場所だった。

「ちょっとターくん、出てきなさい!」そんな声も、押入れの中で布団に潜り込めば聞こえなくなる。

 昼だというのに真っ暗だ。

 月も星もないから夜よりも真っ暗。

 僕の視力を持ってしても、真っ暗なのだ。

 この真っ暗な空間では瞼を閉じても瞳を露わにしていても、無限の闇が広がっている。その無限の闇に僕は、僕だけの世界を築き上げるのだ。

 構築しては分解し、展開しては集束させる。

 世界と夢と物語を。

 時に僕は闇の皇帝を打ち破る勇者として、また次の瞬間にはその勇者を仔猫のように甚振る極悪の魔王として、世界の中心に君臨することができる。そうやって「自由な世界」に僕は入り込むことができる。

 それらは「僕だけの世界」であり、同時に「僕の為の世界」でもある。

 嫌なことも、苦しいことも、辛いことも、臭いことも、全てを排斥して僕は押入れに宇宙を創り出す。そのことを僕は、「押入れの魔法」と呼んでいる。

 今日の僕は伝説のハンターだ。海へ出て、伝説の巨大カツオと死闘を繰り広げる。中々いい勝負だ。いや、むしろ僕は負けそうだ。

 負けそうだけれど、絶対に負けない世界。

 素敵過ぎる。

 だってここは、ギリギリの緊張感を味わいつつも、絶対の安全が保障されている世界なのだから。

 僕は伝説のカツオを倒し、共に戦った美しいミコ嬢の放つ炎で丸焼きにしたカツオを食した後、彼女と共に甘い夜を過ごす。――予定だったのだが、特大の腹の虫が鳴き出して、僕の世界は一瞬で霧散した。

「腹……減ったなぁ」

 どんなに想像した所で、どんなに「押入れの魔法」でご馳走を食した所で、現実の僕は布団に包まってお腹を減らしている。そのことをいつも思い出してしまう、この腹の虫のせいで。

「仕様がねぇな」僕はガリガリと襖を擦って、押入れから出る。

「さぁて、ご主人さまはどこだ? ご飯のおねだりにゃ」

 僕は首の鈴を鳴らし駆け出した。

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