【ムジカの苦】

第6話

【ムジカの苦】


 先日、先生が亡くなった。ぼくにとって唯一の家族、と今になってはそう想うのだ。あまりに遅い自覚だった。

 それと時を同じくして、ぼくの村には恐ろしくも醜い化け物が出るようになったらしい。

 だからぼくは最近、決まった時刻にはきちんと家へと戻って、恐ろしくも醜い化け物と出会わないように気を付けていた。

 この世の中のどこかには、『化け物』という存在がいることを、ぼくは先生の残していった書物を読んで知っていたけれど、まさか村の近くに潜んでいただなんて、ぼくは先日まで寡聞にして知らなかった。

 この間、村の中心へと足を運んでいた時のことだ。

 村の中心にある広場では祭りをやっていた。村のみんなは雨の日の植物たちみたいに、身体ぜんぶでよろこびを滲ませていた。

 と急に、櫓から警戒を示す鐘が鳴り響いた。

 どうやら化け物が村を襲いにきたらしい。

「ムジカがきたぞぉ、ムジカがきたぞぉ」

「女たちは子どもを守れ! 急いで家の中へ避難しろ!」

「男どもは武器をとれ、村のみんなを守るんだ!」

 村のみんなは、素敵滅法に格好良かった。

 だけれどぼくはまだ子どもで、武器は貰っていないし、やっぱり些かまだ怖かったりするのだ、そのムジカという化け物が。だから今日の所は大人しく家に戻って隠れることにした。

 ぼく、村のみんなのことが大好きだから。

 化け物なんて早く殺して、みんな円満、笑顔で暮らしたいな、とぼくは思うのだ。


 それからというものぼくは、その時間帯はやっぱりちょっと怖いから、極力外へは出ないようにしていた。

 不思議なことに、化け物が出ないはずの時間帯に村を見回ると、村の広場にも学校にも酒場にも、外を出歩いている者が誰もいなかった。一見すれば、村には誰の姿もなかったのだ。家という家の窓は全て厳重に閉じられていて、見事なまでに村は閑散としていた。

 ――化け物が怖いから、きっとしばらくの間、閉じ籠ることになったんだな。

 そう思ってぼくも、なるべく家に閉じ籠る様にした。

 でも、少しくらいはいいだろうと思って、散歩は毎日したけれどね。

 数日の間は、静かだなぁ、くらいに思っていたのだけれど、流石に一週間も続くと、ぼくは途端に心配になってきた。

 ――みんなは無事なのだろうか?

 ――家の中で、誰かの助けを待っているのではないのか?

 ぼくは思いきって、家という家の扉をこじ開けた。みんなの無事を確かめたかった。

 みんなは、震えながらも無事だった。怯えながらも、無事だった。

 刹那。

 一発の銃声が耳に届く。

 鼓膜へ、身体へ、伝播する。

 もう一発。遅れて銃声が響いた。

 二発目は、祝砲の様な、そんな歓喜の混ざった音だった。

 ぼくはなぜか急に重たくなった身体を支えきれずに倒れながら、

 家々から飛び出してくる笑顔のみんなを視界にいれて、

 赤く染まる地面へ静かに、

 落ちていった。


 ――先生。

 みんなの笑顔が、

 ぼくはとても、嬉しいです。

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