【天使の羽】

第5話

【天使の羽】


 空から羽が舞ってきた。

 雲はない。鳥一匹いない蒼が広がっている。

 ぼくは掴む。

 純白の、艶やかな美しい羽だった。

 天使の羽だと理解した。


 ***

 須貝が素朴に訊ねてきた。「なぁ、前から気になってたんだけどさ。その腰に付けてんのって何?」

「天使の羽。これはね、天使の羽なんだ」

「馬鹿だろ」間髪いれずに須貝は言った。

「馬鹿に羽は付いてないよ」僕は指摘する。

「そうじゃない、お前が馬鹿だろって意味だ」

 なんだそういう意味か。

 僕は笑みを返す。「最近これのお陰で調子がいいんだ」

「お守りみたいなもんか」

「そうだね」

「で、どう調子がいいのよ?」

「僕の願いがことごとく叶う」

 ふうん、と興味なさげに相槌を打ちながらも須貝は、「例えば?」と話題を掘り下げる。

「そうだなぁ――片手倒立ができるようになった、とか」

「地味だなぁ」

「仙人に憧れてたんだよ僕」

「お前のイメージしている仙人は間違っていると思う」言って須貝は僕の羽をいじる。

 身体をくねらせてそれをかわしながら僕は、

「いいんだ。仙人は片手倒立で修業をしているんだから」

 「仙人と知り合いなのか?」

「……違うけど。あ、そうだ! 須貝の願いも叶えてあげるよ。仙人である僕が」

「お前がかよ」須貝は噴き出し、そいつぁありがてぇな、とまったく有り難がっていない口調で続ける。「なら俺は可愛い彼女が欲しい。頼めるかな仙人様?」

「可愛いって……どんな風に? 見た目が? 性格が?」

「そうだなぁ」遠くを眺めながら須貝は、「お前みたいなのが彼女だったらいいかな」と淡々とした口にした。

「須貝は仙人みたいな彼女が欲しいの?」僕は彼の顔を下から覗きこんで確認する。

「違う。そういうボケを至極真面目に口にしてしまうような彼女が欲しいの」須貝も僕を見下ろした。

「ああ、須貝は馬鹿な女が好きなのか」僕は納得して微笑む。

「言い方わるすぎ」須貝も笑う。

「しょうがないなぁ、じゃあその願いを叶えてあげよう」

「よろしく頼むわ」

「うん。僕みたいな女の子を、須貝の彼女にしてあげる」

「なんか違う。いや、俺の言い方が悪かった、余りに遠回し過ぎたかも」

「ちがうの?」

「うん。俺の願いは、お前が俺の彼女になること」

「それは無理だよ」僕はすぐに答えた。

「何でも願い叶えてくれるって言っただろ?」

「だって僕、仙人だよ?」

「大丈夫、お前が仙人なら俺は須貝だぞ」

「須貝だとなんなの?」

「須貝は仙人を彼女にするだけで幸せになれてしまう、滅茶苦茶すごい男だよ」

「嫌な能力だね」

「空に天が付いて須貝だからな」

「空に点がついたら『ゾラ』じゃない?」

「空は英語で『スカイ』だ」

「なら天に見放されたら須貝は空になれるんだ、それは凄いね」

「だろ? 空になっても俺が俺である為に、俺には仙人が必要なのさ」

 きっと彼も自分で何を言っているのか解っていないのだろう。彼も大概バカなのだ。

「なら仕方がないね。須貝の彼女になってあげるよ、僕」

「ありがとな、天使さん」

「ならもう、この羽はいらないや」僕は背中から羽を取り外し、天に向けてばら撒いた。

 拡散した羽は、風に乗って飛んでいく。

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