【形見のカタキ】

第2話

【形見のカタキ】


 サエちゃんはいつも本ばかり読んでいる品行方正で成績優秀な朴訥とした大人しい女の子でございました。

 しかしこういった女の子に対してクラスの皆がとっていた態度というものは、決して優しいものではなくむしろ対極的な、嫌がらせとも揶揄とも嘲笑ともつかぬ、悪態。それは今にしてみれば、立派な虐めだったのかもしれません。


 ある日。

 サエちゃんの落とした古そうな櫛を、男子がわざとらしく踏みつけ、壊してしまったのです。その男子は謝るどころか、「やっべ、サエウイルスに感染しちまった!」と仰々しく騒ぎ立てて、悲愴な表情でしゃがみ込み、櫛の残骸を大切そうに両手で拾っていたサエちゃんのことを、後ろから思いっきり蹴飛ばしたのです。

 大きく痛々しい音が教室に響きました。


 サエちゃんは、頭から血を流しておりました。

 誰一人として、彼女へ手を差し伸べる者はおりません。

 私とて例外ではございませんでした。

 彼女はその時の怪我によって視力を無くしてしまった、と私たちは後日、先生から聴かされました。

 にも拘らず彼女は、大人たちへ「私が自分で転んでしまったの」と説明していたようです。

 視力を無くしたからと言って、サエちゃんが転校することはなく、今までと同じように一緒のクラスでした。

 彼女は一層暗く、寡黙になっておりました。


 それから二年の月日が経ち、私たちが五年生になった頃。

 通り魔による児童殺害というなんとも痛ましい悲惨な事件が私の身近で起きました。殺されたのは、私の以前のクラスメイトです。そうです、サエちゃんを蹴り飛ばした、あの男の子です。

 そして偶然にも私は、その男の子が殺されたと思われる時間の直前まで彼と遊んでいたのです。何よりも私を驚かせたことは、男の子と別れた直後に、彼女、サエちゃんを見かけたということでした。

 彼女は一段と影を薄め、私とは反対方向へと歩んで行きました。そうです、彼のいた方向です。

 目の見えないはずの彼女が、足早に歩んでいる姿は、とても違和感ある光景でした。けれど私はそのことを誰にも言えませんでした。いえ、もちろんわざわざ大人へ報告する必要のある情報ではないのですが、それでも私はとても不安な気持ちを抱いたのでございます。


 放課後。

 階段を下りていると、下からサエちゃんが上ってまいりました。


 私は咄嗟に立ち止まり、こちらへ向かってくる彼女に対して、身構えました。

 緊張が身体を巡ります。

 彼女はいつもの静かな足取りで、私の横を通り過ぎました。

 ふっ、と緊張が解け、私は安堵の溜息を吐きます。

 と、

 後ろから、私の耳元に、生温かい吐息が。

「ねぇ、左藤さん」

 懐かしいサエちゃんの声です。

 とても楽しそうな、機嫌の好さそうな、そんな声。

 サエちゃんは一言、私の耳元で中途半端な言葉を囁き、去って行きました。

 彼女が最後まで言わなかったその言葉の続きはけれど、私の脳内ではきちんと響いておりました。

 いいよ、しゃべっても。

 死にたいんでしょ?

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