郁菱万のボツ作集

郁菱 万

【監禁】

第1話

【監禁】


「やめてくれ、俺はただ話しかけただけなんだ、彼女とはただの同級生で、本当にただの、他人なんです!」

 信じて下さいよ、と椅子に縛られている男は、私へ無様に懇願してきた。

 涙はもとより、鼻水、涎、小便、吐瀉物、あらゆる体液をその男はだらしなく垂れ流している。服に隠れて見えないが、もしかしたら大きいほうの排泄物も漏らしているかもしれない。

 私は机の上のペンチを掴み、男へ近寄る。

 ツンと酸味がかった臭いが鼻を付いた。その匂いに覆いかぶさるように、顔を歪めたくなるような臭いが漂っていて、私は嘔吐を催す。やはり、大きい方も漏らしていたようだ。

 それにしても酷い臭いだ。不愉快極まりない。

 拷問をしているのか、自分がされているのか、これでは判らないな、と私は卑屈になる。

 客観的に見れば、私が拷問をする側であることは確かなのだ。

「話しかけただけ、ねぇ。だとしても、無関係ではないということだろ?」私は抑揚を持たせた口調で訊く。

「関係ない、俺と彼女は関係だいんでず、だがら、ですがら、解放じでぐだざい! ほんどうに、だのみますから」悲痛な叫びとは程遠い、壊れたスピーカの様な言葉を男は吐き始めた。顔の形状を限界まで歪ませて、叱られた幼児の様に嗚咽を容赦なく漏らす。

「まぁ、とりあえず、右手の指を折ってからでも、遅くはないよね」

 言ってペンチで指の爪を挟み、ゆっくりと剥いだ。

 カタツムリを殻ごと潰すような、そんな感触がある。

 抵抗しようと籠っていたのだろう、力が、指からフルフルと抜けていく。

 剥けたばかりのピンク色の指先から、ぷつぷつと血が浮き出す。

 そこを絆創膏代わりにペンチで力一杯挟み込み、第二関節を支点にして、指を真逆に折り畳む。

 一気にではない。

 じっくりと、じわじわと。

 みしみし、という感触を味わいながら。

「やめてくれ、本当に関係ないんだ――ほんどうに、だめでくだだい……なんでもしますがら」

 やめてください、と男は悲鳴をあげていた。

 悲しみを、鳴いていた。

「あと九本残ってるからさ、それ終わったらね。いや、足もだから、あと残り十九本か」

 言いながら私は、二本目に取り掛かかる。

 すると男は逆上した。唸り、怒号し、私を罵倒する。

 だが私は意に介さない。

 ペンチの先には、微動する指がある。

 可細い、指だ。

 ネイルアートが毒々しい女性の、指。


「キミが協力しないからだよ。可哀想に」


 男は、彼女の代わりに、悲鳴する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます