緻密な絵を描くのが澄の特徴というか、趣味だった。愚直なまでに細部と濃淡にこだわる彼女の創作は、一介の美術部員でしかない神田からすれば、もう悪趣味の域にも思えた。


 クロッキー紙の白と黒鉛の黒。二色のコントラストしか存在しないはずの速写でも、澄の絵はなぜか自然色を醸し出し、実物以上の手触りを想起させた。


 リアリティは細部に宿る。中学の頃、美術部顧問がよく口にしていた言葉だ。阿漕あこぎな格言くらいにしか受け止めていなかったが、澄の絵を目にしてようやく、浅はかだったのは自分の方だったと神田は思い知った。


 なんでそこまで描き込むのかと聞いたことがある。美術部は名簿上の部員のおかげで廃部になっていないのだと感づいた頃だったから、一年生の五月くらいだろう。


「なにを描かないべきかイメージするため」


 気障きざったらしい答えに、神田は内心、辟易とした。


「それで描くものを増やしてるなら、本末転倒だろう」


 澄はそれ以上、なにも言わなかった。モチーフのない静物画を黙々と描いていた。疑問ではなく所感を神田が口にしたから澄は反論しなかったのだと気付いたのは、澄が頭角を現しはじめた後のことだった。


 男子高校生が漠然と想像しているより、世間は才能をちゃんと評価するように出来ている。街中で配られるポケットティッシュくらい有難味もなく、高校生向けの全国コンクールの金賞を攫ってきた彼女はすぐにその賞状を紛失してしまったらしい。


 二年生になってから、澄は日本で開催される国際アートコンペティションに向けて制作をしている。アートアワード・トーキョー。名前くらいは神田でも聞いたことがある。テレビとか、専門雑誌で。自分の立ち位置から遥かに遠く離れた世界の名前として。


 けれど、澄からすれば、子供の靴みたいなものなのだろう。サイズが合わなくなったから履き替えていって、気付けばアートアワードを履いていた。その程度のことなのだろう。獲ったところで、また賞状を紛失できるのだろう。


 すでに美術部は澄部と言い替えても語弊がなかった。たとえ幽霊部員がいなくとも、神田がいなくとも、澄さえいれば部活動は継続されるはずだ。


 もはや、嫉妬や羨望の類の感情は神田になかった。ライトノベルの主人公に冗談で嚙みつくことはあっても、悪ふざけるための激情なんて日常が始まればすぐに忘れさってしまうように。澄の存在は、どこかファンタジーめいていた。

 

 そのはずなのに、あの何気ない澄の言葉だけは神田の奥底に巣くっている。気まぐれに、それは顔を出し、囁き、わらう。

 神田よ。なにを描いている? そして、なにを描いていないんだ?

 才能に悩めるほど、才能があるわけでもない。無才を悔しがれるほど、情熱があるわけでもない。


 興も澄はスケッチブックに鉛筆を走らせている。下書きでもしていたかのように迷いはなく、線は増え、面と化し、絵がそこに現れる。魔法のようだった。

 生み出される絵だけにとどまらず、澄の手元も作品だった。繊細に実体を極めようとする指先は、見ていて飽きなかった。魔性だった。


 澄はその魔法を繰り返す。誰に見せるわけでもない、どのコンクールに出すわけでもない。澄は絵を描くために淡々と絵を描き続けている。

 きっと、そうしないと絵が澄からあふれ出てしまうのだろう、だなんて、馬鹿げた雑駁ざっぱくが不意に神田を笑わせた。それは、自分が期待していたよりも、卑屈で、諦念にまみれた笑みだった。


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