第64話 未踏のダンジョン

 保冷馬車を引く馬もゴーレム馬にしました。

 疲れ知らずなので、埋め込んだ魔石の魔力が尽きるまで、走り続ける事が出来ます。


 馬車にも【浮遊】の魔道術式を書き込みました。

 魔力を注ぎながら魔石インクで書き込むと、魔力が尽きるまで馬車が浮いています。スピードアップと揺れ防止になるのです。


 この様な魔道具を作る時は、魔力を注ぎながら魔道術式を書かなければ成らない為、魔力量が沢山必要に成ります。上級魔法に成ると魔道術式も複雑になる為、魔力も更に沢山必要になるのです。

 その為に、魔力量が少ない者は魔道具を1人で作る事が難しいのです。



 アストリア王都アンディーヌとアリタリカ帝都ロマリアに、直営店のケーキ屋さんを開きました。

 主な商品はチーズケーキ、チョコレートケーキ、プリン、スイートポテト、ミルクキャラメル、アイスクリーム等です。


「異世界人よ、我々のケーキの美味しさに、恐れ平伏ひれふすがよい! フンスッ」


 と、サッチャンが鼻息を荒くして、珍しく興奮していました。


 いずれのレシピにもサッチャンの知識が生かされてますが、生産方法は秘密にするそうです。

 生産現場では従業員が少なくて、オートメーションロボットの様にゴーレム達が働いていますので、生産方法やレシピはにくいと思われます。

 私はレシピが漏れても別に良いと思っているのですけれど、サッチャンは極力気を付けたいのだそうです。



 サッチャンが内政について提案してくれます。


「御嬢様、保冷馬車が安全にスピーディーに走れるように、街道を整備しましょう。ローザンヌのケーキ工場から販売店までを優先したいと思います。街灯も設置して、夜間でも輸送出来るようにしたいのです。夜盗に襲われる可能性があるので、護衛専用ゴーレムも作って頂きたいのです」


「そうですね、盗賊や魔物の脅威はあるでしょうから必要ですね」



「生産・輸送・販売を自前で行う事で、中間マージンを無くして価格を抑制して、利益を確実に上げましょう」


「そこら辺はサッチャンの手腕におまかせします。ただし『愛をもっとおとしとなす』と致しましょう」


「それは、聖徳太子の言った『和を以て貴しとなす』では?」


「はい、和を愛に変えたいと思います。お客様と従業員を愛してくださいね」


「はい」



「ところで御嬢様、魔石はまだありますか?」


「結構使いましたね、ゴーレムに使う分をダンジョンにでも集めに行きましょうか?」


「はい、お願いします」


 私はマジックバッグを確認してみました。

 ゾンビ討伐で集めた魔石も残り少なくなっています。

 工場のオートメーション化や保冷馬車やゴーレム製作で沢山使用したので、僅かしか残っていません。

 ゴーレムを作り動かすには、沢山の魔石と魔力が必要なのでした。



「暫く魔物退治をしていないので、側近達と軽く練習できる場所があると良いのですけどぅ」


 部屋の入口で控えているエリシャナが、挙手をして発言を求めました。


「エリシャナ、発言を許します」


「はい、御嬢様。ブラッチャノ・マルティニャノ地方にダンジョンがあります。ロマリアの冒険者達が主に利用しているそうです」


「ありがとう。学院の休みの日にそこへ行ってみましょう。パーティの連携を再確認しましょうね」


「はい。ですが御嬢様は、なるべく戦闘に参加しない方向でお願い致します」


「あら、私も練習したいのにぃ」



「御嬢様は我々に守られるべき方なのですし、侯爵令嬢と言う立場もお考え下さいませ。何より側近の連携をまず確認しなければ成らないのですから」


「それもそうですね。それでは、そういう方向で準備をお願い致します」


「畏まりました」



「私も行きます」


「サッチャンも?」



「暫く攻撃魔法を使ってないので」


「そういえばケイシーが、『サチャーシャは優秀な魔法の使い手です』って言ってましたね」


 私はチラッと、黙って控えているケイシーを横目で見ました。



「普通……でもアリタリカのダンジョンは始めて行く事になる。興味が有るし、ネタも欲しい」


「じゃあ、一緒に行きましょう」


「うん、感謝。……ッ!」


 壁際に控えていたケイシーが、サササッと進み出て、手を伸ばしてサッチャンのホッペを『ムギュッ』と、つねり上げました。


「言葉使いをしっかりしなさい。御嬢様は女神様の御親友で侯爵令嬢なのですよっ!」


「はい……御嬢様、感謝しております」



「ケイシー、暴力はいけません。言葉で分かります」


「はい、畏まりました。この子の悪い所は御嬢様の見えない所で躾させて頂きます」



「あの、見えない所でも暴力は無しでお願いしますね」


「……それなら罰を与えても良いでしょうか?」



「どんな罰ですか?」


「書庫の出入りを禁止します」


「ゲッ! そんなぁ」



「うふふ、なるべく短い期間で許してあげて下さいね」


「はい、畏まりました」






 『未踏のダンジョン』が有るブラッチャノ・マルティニャノ地方には、大小2つの湖が有ります。その北に丘があり、ダンジョンの入り口が開いていました。


「湖の水がダンジョンに浸水しないのかしら?」


「ダンジョンは異空間なので、地上の物理的な影響は受けないそうです」


「ふ~ん、ファンタジーですねぇ」



「『未踏のダンジョン』は踏破とうはする毎に深く成っていく、不思議ダンジョンと言われています」


「踏破する毎に?」


「はい。ボス部屋を攻略すると、次に潜った時には更に深い階層が現われて、新たなボス部屋がそこに出現するそうです」


「わぉ、本当の不思議ダンジョンなのですね!」


「はい」




 ダンジョンの丘の前から湖まで平地が開けています。

 冒険者の乗ってきたと思われる馬車が沢山止まっていて、ダンジョンの入口には沢山の冒険者が列を成していました。


「アトラクションの順番待ちみたいですね」

 と、私が呟くと。


「何時間待ちでしょうか?」

 と、サッチャン。


「早く入りたいなぁ。ワクワク」

 と、ケンちゃん。



 冒険者ギルドの職員2人が、入口前で入場者を整理しています。


「続けて入場しても、魔物が沸かないと入った意味が無いんだから、押さないで大人しく待ってくれっ」



「俺達は深い所に先に行くから、早く入れてくれよぅ」


 髭面の若い冒険者がギルド職員に掛け合っています。



「ダメダメッ、誰が何処まで行けるかなんて比べられないから分からないんだ。冒険者同士でトラブルに成らない様に、こうして入場整理してるのだから言う事を聞いてくれ」


「ちぇっ、俺達はボス部屋目指してるのになぁ」

 男は彼のメンバーを見回してそう言いました。


「「「おぅ」」」



「うふふ、やっぱり冒険者は荒くれ者が多いのですね」


「気位も高いですね」



「おぉ、お譲ちゃんもダンジョンに入るのかい?」


「はい」



 髭面の男はギルド職員との交渉を諦めて、熊の人形(ケンちゃん)を抱きかかえている私に気付いて、暇潰しにチョッカイを出してきました。


「勇ましいこったなぁ。でも、その抱っこしてる熊の人形と遊んでる方が、お嬢ちゃんにはお似合いだぜ」


「はい。私はこのお人形と一緒に魔物を退治するのです」


「ははははは~っ、お嬢ちゃんは人形と魔物と『おママごと』するんだなぁ」


「はい、楽しみですわ。おほほほほ」



「おっ、俺達の順番だ。強い魔物は俺が始末しとくからな、安心して後ろからおいで。あはははは~」


「いってらっしゃ~い」



「御嬢様に対して何と失礼な奴でしょう!」


「エリシャナ、ここでは貴族も平民もありません。お互いに一介の冒険者なのですよ」


「はい」



「さぁ、冒険者パーティの布陣を取りましょう。次は私達の順番ですよ」


「「「はい」」」

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