第115話 爆弾

実験は森を切り開いた広場で行われる事になった。伐採が終わっているものの、まだ建物を建てる余裕がないので放置している場所は実験におあつらえ向きだ。周囲は興味津々といった魔族や奴隷達で溢れている。火薬の怖さを実際に目にすれば、彼等も今後の仕事に真剣になってくれるだろう――と言う狙いもある。




火薬の詰まった木箱は球状に出来ていて、そこからは発火させるための導火線が伸びている。少量の火薬を包んで作り上げたこの紐に、火をつけてから放つのが今回の実験だった。いくつかの完成品の内、最初の一つは広場の中央へ置いて、火をつける事になった。魔族の兵が導火線に火をつけて、慌ててこちらに戻ってくる。彼が戻った来たとほぼ同時に、バン! と言う破裂音と共に火薬が爆発した。火薬を包んでいた木箱は跡形もなくバラバラになり、周囲に衝撃波と爆風をまき散らす。わずかな量の火薬だが、今のが人の間で炸裂したら、何人も纏めてなぎ倒されるに違いない。




『おお~!』




驚きの声を上げる魔族や奴隷達。俺やリーシュ達はもっと大きい爆発を目の前で見ていたので今更驚く事はないが、彼等は別だ。火薬という未知の兵器とその威力を目の当たりにしては、驚かずに居られないのだろう。




「これが火薬か! 凄いものだなケイオス! 確かにこれを量産すれば軍隊などものの数じゃないぞ!」


「驚くべき武器ですね。こんなとんでもないものに目をつけるとは、流石ケイオス様です」




ケニスとシオンも珍しく興奮気味だ。彼等の頭の中では、既にこれをどう運用するかの計画を練っているのかも知れない。




「まずは成功か。ちゃんと爆発して良かった。じゃあ次だ。ラウ」


「わかったわ」




ラウはいつも使っている弓より一回り大きなものを手に取り、火薬を括り付けた矢をつがえる。導火線には火が灯り、早く手放さないと危険な状態だ。それでも焦らず、ゆっくりと狙いを定めたラウは、引き絞った弓の弦を離した。弦が戻る力を利用して、矢が勢いよく飛び出していく。小さな木箱を括り付けているため普通なら狙い通りに飛ばないだろうに、ラウの放った矢は真っ直ぐ飛んで広場の反対側にある木へと突き刺さった。そして間髪入れずに火薬が爆発する。その威力で木は内側から破裂し、周囲に破片をまき散らした。




「……これも成功……と。いいな。火薬と導火線、どちらもちゃんと使えるじゃないか」




ここまできて失敗は洒落にならないと思っていただけに、安堵して胸をなで下ろす。後はどうやって有効に使うのか、みんなで相談しないといけないな――と思っていると、何やら笑みを浮かべたケニスが近寄ってきた。




「……どうした?」


「ケイオス。これをこのまま使うのも良いけど、もっといい方法があるよ」


「良い方法?」


「うん。つまり、こういう事」




ケニスの提案した方法――それは俺では考えもつかないような、非道な方法だった。火薬を木箱に入れて爆発させるまでは同じ。だがケニスは、その更に外側に層をもうけ、鉄の欠片や釘などを詰め込んで殺傷力を高めようと言うのだ。




「あれだけの勢いで細かい破片が周囲に飛び散れば、かなりの手傷を与えられると思うよ? 確かにこの兵器は強力だけど今のままじゃ不完全だ。爆発力を応用した武器作りに変えた方が良いね」


「お前……エグい事考えるな……」




しかも笑顔で。コイツを敵に回したくはないものだ。だが今の提案は火薬の有効性を更に強める。すぐケニスの言うように改良した方が良いだろう。




「ところでケイオス。この武器の名前はなんて言うんだい? いつまでも火薬のままじゃ味気ないし、何か別の名前をつけたらどうだ?」


「それもそうだな……じゃあ、爆弾とでも名づけよう。爆発する弾で爆弾。どうだ?」


「うん。良いんじゃないかな? 爆弾……どこか力強い響きがあるね」




こうして、火薬を使用した俺達の新兵器『爆弾』が完成した。




§ § §




その日の夜、爆弾が完成したと言う事で村でささやかな宴が催される事になった。セイスやピエスの街から運んできた酒や食べ物を身分に上下なく振る舞い、今までの苦労を労う。滅多に飲み食いできない上等な酒と料理を振る舞われて、魔族も奴隷も皆が浮かれていた。




そして、盛り上がっている彼等を余所に、俺やケニスと言ったこの開拓村の主要な面子は、ある程度宴会が進んだ後で屋敷の中で集まっていた。




「おいおいケイオス。俺はまだ飲み足りないぜ?」


「文句言うなハグリー。その内美味い物喰わせてやるから我慢しろ」


「で、ケイオス。我々を集めた理由は何だ?」




リーシュの問いに、俺は無言で彼等を見る。この場には一番初めに仲間になったリーシュを始め、ハグリー、レザール、シーリ、イクス、ルナール、グルト、ラウ、ケニス、シオン、リンの十一名が居る。たった一人で村を出た時に比べれば、随分増えたものだ。そんな感傷を振り払い、俺は決意を込めて語り始めた。




「集まって貰ったのは他でもない。今後の方針をどうするか、それを決めるためにお前達を呼んだんだ。爆弾が完成した以上、これを利用して本格的に俺達の支配領域を広げていきたい。このまま単純に大森林を広げていくのか、魔族領に支配地域を求めるのか。それとも爆弾を利用して人族の領域に進出するのか。それを決める相談を始めよう」




その言葉に、場の空気が一変する。イクスは顔が引きつり、リーシュは額に汗が滲んでいる。リンは苦虫を噛み潰したような表情で押し黙り、いつも笑みを浮かべているケニスでさえ真剣な表情だ。




さあ、会議を始めよう。

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