第62話 休暇の終わり
「お、ケイオスだ」
宿に戻ると、中に侵入した敵を撃退したらしいハグリー達が外に出ていた。彼等の周りには応援で駆け付けた警備兵の姿があり、現在は他の宿泊客から事情聴取の真っ最中のようだ。地面には襲撃者達と犠牲になった船員達の遺体が転がっていおり、かなりの激戦だったのか、ハグリー達も少なからず負傷しているようだ。
「助かったぜ、狭い宿の中であのまま囲まれてたらヤバかった」
「上手く引き付けて各個撃破できたな。ところでイクスは?」
ハグリーがクイと指さす方向には、ライオネルの横に立つイクスの姿がある。イクスは少し顔色が悪いようだ。前回と違って今度の襲撃は目の前で戦闘があったから、荒事に慣れていない彼女はショックを受けているのかも知れない。
「イクスさん、ライオネルさん、怪我はありませんか?」
「ファウダーさん……ええ、おかげさまで私達は無事です。しかし、またうちの船員が……」
沈痛な面持ちで亡くなった船員達の遺体を見つめるライオネル。今回犠牲になった船員の数は全部で五人。この宿に泊まった船員のおよそ半分近くがやられた事になる。生き残った船員はもう以前のように俺達に対して食って掛かる気力もないのか、死人のような表情で座り込んでいるだけだ。
「正直言って、今の人数では船を動かす事が出来ません。金貨の一欠片号は大型船ですから。普通なら商会に連絡して応援を待つか、ここで人を雇うかしたいところですが、幸い今回の騒ぎを聞きつけたレイク・ヴィクトリア号の船長の一人が小型艇を貸し出してくれるそうなので、それに乗り換えて出発しようと思います」
「それは……不幸中の幸い……と言っていいんですかね?」
「実際の所、我々に同情したと言うより厄介事の種にはさっさと出ていってほしいだけだと思いますよ。彼等にとっても治安の悪化は避けたいところでしょうから。我々が彼等の要求を呑んで退去するなら、ここでの騒ぎは無かった事にしてくれるようです」
なるほどね。しかし、ものは考えようだ。身を守るためとは言えこちらも敵を何人か殺しているし、宿の被害も馬鹿にならない。他の宿泊客は確実に逃げる上に後片付けでしばらく商売どころでは無いだろう。それに船員達の遺体の問題もある。それらをまとめて面倒見てくれるのであれば、話に乗っておくのも良いかも知れない。
「選択肢が無いのであれば受けるべきでしょうね」
「ええ、そのとおりです。ところでファウダーさん、後ろの女性は誰なんでしょうか? 見覚えのない顔なんですが……」
俺の後ろにはさっき支配下に置いたばかりのシーリが立っていた。宿に戻る途中露店の中にあった女物の服を失敬して着替えを済ませておいたので、一目見てさっき自分達に襲い掛かってきた襲撃者とは思わないはずだ。
「彼女は私の古い友人です。偶然この船に乗り合わせていたようでして、さっきも襲われていたところを助けてもらったんですよ。特に目的もなくブラブラしているようですから、この際手伝ってもらおうかと……マズかったですか?」
もちろん口から出まかせだ。馬鹿正直に『支配』の説明をする気はない。あんなスキルを持っていると知られたら、イクス以上に狙われる危険が出て来るからな。
「初めまして。シーリと言います! ファウダーとは幼馴染で昔はよく遊んだんですよ!」
必ず怪しまれると思っていたから、事前にシーリとは口裏を合わせている。彼女は少々暑苦しいものの、決して頭が悪い訳では無いらしく、こちらが細かく注意しなくてもある程度はアドリブで何とかしてしまう。
「そ、そうですか。これはご丁寧に。私はライオネルと申します。以後よろしくお願いします」
声のボリュームがおかしいシーリの挨拶に少しだけ顔をしかめながらも、ライオネルは丁寧に挨拶を返していた。しかしそこは商売人。笑顔を浮かべながらも俺に釘をさす事は忘れない。俺の耳元に顔を寄せ、シーリに聞こえないような小声を漏らす。
「こう言った状況なので彼女の身元を問い質したりはしません。こちらは圧倒的に戦力不足ですし、戦える人が増えるなら歓迎です――が、報酬を増やす事は出来ませんよ?」
「もちろんです。こちらもそこまで厚かましくはありませんよ。彼女はあくまで善意の協力者ですから」
ちっ、なし崩しで報酬を上乗せできるかと思ったがそこまで甘くなかったか。しっかりしてるよ。
「ところで、船の準備は出来ているんですか?」
「もうそろそろだと思うんですが……ちょうど使いが来たようです」
警備兵の間を掻き分けて現れたのは、なんとも気が弱そうな男だった。その男はキョロキョロと辺りを観察し、ライオネルを見つけると小走りに近寄ってくる。あれがこのレイク・ヴィクトリア号の船長の使いらしい。頼りなさげな外見だな。
「お待たせしましたライオネルさん。船の用意が出来ましたので早速ご案内させていただきます。既に水と食料の積み込みは終わっていますから、後は皆さんが乗り込むだけです」
「感謝します。さあお前達、出発だ! 商会員としての責務を全うするんだ!」
ライオネルの言葉に反応した船員達が、ノロノロとした動きで体を起こす。こんな調子で本当に操船が出来るのか不安で仕方ないけど、今は彼等の力を当てにするしかない。それにしても、レイク・ヴィクトリア号側は夜中だと言うのに随分行動が早いな。この気弱そうな男が仕事が出来る人物なのか、それともよほど早く出ていってほしいのか、微妙な所だな。
束の間の休息をろくに満喫する事も無く、俺達は港へ向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます