第56話 火の粉

まだ晩飯には少し早い時間帯なので、俺達は部屋で待機して時間を潰す事にしていた。本来なら珍しい船の中を観光がてらブラつきたいところなんだが、この状況ではそうもいかない。なので、一階で用意してもらったお茶を部屋に運び込み、即席の女子会となった訳だ。




「美味しい。結構いけるわねコレ」


「本当だ。珍しい味だけど美味しいわね」


「ここ独自の茶葉でも育てているのだろうな」




イクス、ルナール、リーシュ達はそれぞれ自分の前にあるお茶を口にしながら、少し硬いパンを千切りながら食べている。彼女達が雑談している最中、俺は会話に参加する事も出来ずに手持ち無沙汰な状態だ。外見が女に変わっていてもやはり中身は男。女性特有の会話についていけないでいたのだ。そんな俺を不憫に思ったのかはわからないが、イクスが話を振ってくる。




「そう言えば気になってたんだけど、どうしてリーシュはファウダーの事をケイオスって呼ぶの? あだ名か何か?」


「あ、それは私も気になってた。男口調だし、聞いちゃいけない事かと思って黙ってたんだけど」


「ああ、その事か……」




許可を求めるように視線を向けるリーシュに一つ頷いて、ようやく俺は口を開く。




「俺から説明しますよ。実は俺も、イクスさん同様珍しいスキルを持っていまして――」




偶然手に入れた経緯や『支配』に関する事は適当に誤魔化して、生まれつきの能力として『吸収』の事を説明する。本来は男である事や奪った能力によって体が形を変える事。足が魔物そっくりに変化した話をした時は、リーシュまでが目を剥いて驚いていた。




「へぇ~! そんな珍しいスキルがあるなんて聞いた事無いよ! 私の『生成 白』にもそんな能力があれば面白かったのに」


「て事は、元は男って事なの!? 全然そうは見えない! あ、じゃあこれからはケイオスって呼んだ方が良いのかな?」


「元はって言うか、今も男のつもりだけどね。取り込むスキルによって体が作り替えられるから、わからなくなるのも無理はないよ。あと呼び方は……好きにしてくれていい」




無遠慮にジロジロと観察するイクスとルナールに眺められて少し居心地が悪い。




「と、ところで、イクスさんは自分のスキルに関わる武器って、どんなものか知らないんですか?」




少々強引ではあったが、無理矢理話題を変えさせてもらおう。ルナールはまだ話を聞きたそうにしていたものの、こちらの意図を察してくれたらしいイクスがそれ以上踏み込んでくる事は無かった。




「私も詳しくは聞いてないんだけどね。私の生み出した鉱石と別の何かを混ぜ合わせたら、火の粉って物が出来たらしいのよ」


「火の粉……ですか?」


「そう。火の粉。それに火をつけると、少しの量でも人の指ぐらいなら簡単に千切り飛ばす力があるんだって」


「それは何とも……」


「凄いわね。一体どんな武器なのかしら?」




イクスを牢屋から出す時に話は聞いていたが、なかなか物騒な武器みたいだな。表面上で驚いた風を装いつつ、俺は忙しく頭を働かせていた。混ぜ合わせるって事は剣や槍と言った通常の武器とは全く形状が違うのだろうか? その武器を作るのに必ずイクスの能力が必要なのか? 材料と作り方さえ知っていれば、誰でも作れるものなのだろうか? それを手に入れる事が出来れば、今シオンに任せている開拓地を守るために使えはしないか? イクスはどんな条件でラビリントに協力するつもりなのだろうか? 説得次第でこちらに引き入れられはしないか? まだ現物を見ていないので何とも言えないが、量産できそうであればイクスに対して『支配』を試みてみるのも良いかも知れない。




「ケイオス? どうかしたの?」


「え? ああ、いや。何でも無いですよ」




急に黙り込んだ俺を、イクスが心配そうにのぞき込んでいた。俺と同じ緑色の瞳。彼女も俺と同様、子供の頃から迫害を受け続けてきたのだろうか? もしそうであるなら、仲間に引き入れる事は難しくないように思える。その為にも、今はイクスがどんな条件を提示されているのかを確かめなければ。




「無事にラビリントに辿り着けた後、イクスさんはどうされるんですか?」


「私? 私は……ラビリントで生活する事になるかな? 研究に協力するなら結構豪華な暮らしもさせてくれるって話だし、ハーフの私は他に行く当てもないしね。今更止めると言ったってあの人達が許してくれるはずもないから、選択肢が無いってのが正直な所かも」


「なるほど……」




どこか寂しそうに笑みを浮かべ、肩をすくめるイクス。行く当てが無い……か。やはり彼女もそれなりに苦労してきたんだろうな。少し重くなりかけた空気を払しょくするように声を上げる。




「ラビリントに着いて居心地が悪そうなら、いっそ俺達と一緒に来ませんか? 同じハーフで歳も近いし、イクスさんとなら仲良くやれそうだ」


「ふふ、そうね。その時はお願いしようかしら」




冗談めかしたけど、今のは本気で言ったんだよな。それがわかっていたのは、この場では俺の他にリーシュだけだったようだ。何にせよ、現時点でしつこい勧誘は止めておいた方が良いだろう。イクスからライオネルに伝われば途中で契約解除されるかも知れないし。俺としても火の粉って武器の正体を知っておきたい。それまでは慎重に行動しないとな。

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