第35話 新たな仲間
天幕を出ると、俺の姿を探していたらしいリーシュやシオン達と鉢合わせになった。一瞬俺の後ろに立っていたシードに向けて厳しい視線が飛んだものの、平然とした様子の彼を見てすぐに警戒が解かれる。支配の影響下にあると察してくれたんだろう。
「おはようございますケイオス様。その男を配下に加えたのですね」
「ああ、たった今な」
「シードだ。よろしく頼む」
彼の挨拶にシオンは浅く頷いただけだ。彼女の方でも人族に対してあまり良い感情を持っていないのかも知れない。
「ま、思う所はあるだろうが揉めないように仲良くやってくれ。それより今後の事を相談しよう」
シードを含め、俺達一行は再びシオンの天幕の中へと足を運んだ。各自思い思いの席に着き、俺が口を開くのを待っている。いくつもの視線が集まる事に若干緊張しながら、咳払いを一つした後話し始めた。
「えー、まずは今後の方針を伝えておく。俺としてはこの大森林を根拠地にして、魔族領と人族の領域双方に勢力を伸ばしたいと考えている」
今回の出来事でシオン達魔族の配下が大勢手に入った。彼女達にはこのまま大森林を開拓してもらい、魔族側の根拠地を作ってもらう。そしてシードを利用して出来れば依頼主――評議会の委員であるセイスを支配の影響下に置きたい。大森林に一番近い街の代表者を抱き込めば、森に籠る魔族――シオン達に対する討伐令などを握りつぶす事も出来るはずだ。
俺としてはこのまま人族の領域で傭兵団の設立及び資金稼ぎをしつつ、それで稼いだ金や人材をシオン達に供給していくつもりだ。そしてある程度開拓地の規模が大きくなった後、適当な魔族の支配地域に戦いを吹っかけて自らの支配領域を広げたいのだ。俺の説明を聞き終わったシオンとシードがふむふむと大きく頷く。
「承知しました。ではケイオス様の方針に従って私は大森林の開拓を続けます」
「俺も自分の務めを精一杯果たします」
頼りになる仲間……と言うか、配下が加わってくれてよかった。彼等に任せておけば放っておいても大丈夫なはずだ。
「ところでシオン。お前、開拓するからにはある程度の資金は確保しているんだろ? それはどこから調達したんだ?」
ふと浮かび上がった疑問を口にすると、シオンはそんな事かと言わんばかりの口調で重要な情報を話し始めた。
「その事ですか。実は私は魔王の縁戚に当たる立場に居まして、ある程度の資金は両親から融通してもらえるのです。この大森林を開拓しようとしたのも支配領域の拡大によって一族の力を高めようとしたのが理由でして……ですので、私が黙っておけば誰にも疑われず開拓を進めていけるでしょう」
「魔王の縁戚って……」
突然出てきた単語に俺やリーシュ達は固まっていた。直接お目にかかった事はないものの、現魔王の噂ぐらい聞いた事はある。誰も太刀打ちできない程強力なスキルと体躯を持ち、少しでも逆らう者があれば誰であろうと容赦なく惨殺する狂王だ。以前人族との戦いで大勝した時、彼は捕虜数千人全ての首を刎ねさせたとも言う。
「流石に関わりたくはねえよな……」
「同感だ」
ハグリーとリーシュなどは冷や汗をかいている。俺も口にこそ出さないが同じ気持ちだ。それこそ魔王の様に圧倒的なスキルでも手に入れれば別なんだろうが、今の俺達では歯向かう気も起きない。そんな俺の不安が伝わったのか、シオンは安心させるように優しく微笑んだ。
「ご安心を。魔王が直接こちらに関わってくる事などありません。彼が興味を持つのは闘争のみ。領地経営に意欲があるなら、魔族領はもっとまとまりのある国になっている事でしょう。それに私の両親も基本干渉してきません。私に嫌われる事を何より怖がる人達ですから、関わるなと言えば手を出してこないはずです」
金だけ出して放っておいてくれるなんて羨ましいにもほどがある。どっかの糞親父とは大違いだ。
「シオン、お前が支配のスキルを失った事を両親が気がつけば面倒な事になるんじゃないのか? 調べられたら簡単に俺に行きつくと思うんだが……」
「スキルならまだありますから誤魔化せますよ?」
「は!?」
思わぬ発言に慌ててシオンのスキル反応を試みたところ、確かに彼女の身体はスキル持ち特有の淡い発光現象を起こしていた。こいつも俺と同じスキルが二つある人間だったのか?
「お前、二つあるなんて聞いてなかったぞ」
「申し訳ありません。言いそびれていました。ケイオス様が現在お持ちになっているユニークスキル『支配』以外に私が持っていたのは『治癒:強』です。即死以外ならほぼどんな傷でも治す事が出来る便利なスキルですよ。ケイオス様の治療を行ったのも私です」
言われてみれば体の傷が癒えている事に今更ながら気がついた。てっきり別の魔族が治療したのだとばかり思っていたが、シオンが治してくれたのか。支配と治癒の組み合わせって、俺に邪魔されなければかなり強力な軍隊を作る事も出来る能力だな。それにしても『支配』はユニークスキルだったのか。スキルの数が三つに増えたのはこれが理由なのかも知れない。普通のスキルの上にユニークスキルを上書きするのは出来ないのだろう。
「ま、まあ……そう言う事なら安心か。大森林に関してはシオンに一任する。とにかく、方針としては今言った通りだ。頼むぞ二人とも」
『はい!』
元気よく返事をするシオンとシードの二人を見ながら、俺は一つため息をついた。
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