第32話 新たな能力
「シオン様! 捕虜が脱走したようです! シオン様!」
俺達が逃げ出した事を魔族達が上官であるこの女に報告に来たのだろう。このまま中に入られては厄介なので、俺は女の首に剣を突きつけて口の拘束を解いてやる。踏み込まれたら俺達の命はない。どうせ死ぬならこの女ぐらい道連れにしてやる――俺の血走った目からそんな覚悟が伝わったのか、女は汗を一筋垂らしながら静かに口を開いた。
「……わかった。後で行くから、先にお前達で捜索しておけ」
「承知しました!」
その言葉と共に遠ざかって行く人の気配に、俺とハグリーは胸を撫で下ろす。ひとまずこの場は何とかなったが一時的なものに過ぎない。そう何度も誤魔化せないし、いつまでも女が出てこなければ不審に思って中に入って来るのは確実だ。
「貴様等……逃げ切れると思っているのか? ここに隠れていたところで結果は変わらんぞ」
「黙れ。お前は自分の心配でもしてろ。俺が死ぬ時は道連れになるんだからな」
憎々し気に睨み付けて来る女を冷たく突き放す。今はコイツの事よりこの場をどう乗り切るかが先決だ。焦る気持ちを無理矢理押さえつけ、どうやってここから脱出するかを必死に考えた結果、俺はふとある事を思いついた。そう言えばこの女のスキルは何と言っていたか? 確か『支配』って言うスキルだったはずだ。この女の言っていたスキル効果が本当なら、スキルを奪い取って女を支配下に置けば俺達は助かるかも知れない。ひょっとしたら無駄に終わるかも知れないが、ただ黙って殺されるより足掻くだけ足掻いてみよう。俺は何も無い空間から一本の短剣を生み出して、女の背中に狙いをつける。
「お、おいケイオス……なんだその短剣は?」
俺の吸収スキルを知らないハグリーが驚いて声を上げるのを横目に、俺は女の背中に深々と短剣を突き立てた。
「ぐっ!」
くぐもった悲鳴を上げる女を無視して短剣を根元まで突き立てると、すぐ俺の体に変化が訪れた。引き締まっていた体が徐々に小さく、華奢になっていく。それと同時に髪がどんどん伸びて胸が膨らむ。身に着けてていた装備が急に重たく感じられ、その場に尻餅をつきそうになった。なんとなく予感はしていたが、やはり女からスキルを奪うと体も女に変化するようだ。
対して短剣を突き立てた女には全く変化がない。激しく消耗した様に荒い息づかいをしているものの外見に変化は無かった。不思議に思いつつも女の背中から短剣を引き抜くと、女はその場に崩れ落ちる。
「ケイ……オス……か? お前その姿はいったい?」
「そう言えばお前に見せるのは初めてだったか。これが俺のユニークスキル『吸収』の能力だ。対象のスキルを奪いとると俺の体にも変化が訪れる。詳しい説明は後でするよ。今は忙しいからな」
ハグリーをそのままに俺は深く目を閉じる。すると驚くべき事に、瞼の裏側に三つのスキルが表示された。一つは俺が本来持っている『吸収』だ。そしてもう一つは雪狼から奪った『氷の矢』最後の一つは今女から奪ったばかりの『支配』と言うスキルが追加されていた。
「どう言う事かわからんが、スキルが三つに増えている。今までは二つだけだったのにな」
「三つも!? マジかよ……」
今までと違うのは何か理由があるはず。この女の『支配』が今まで吸収してきたスキルと違う理由が何かあるに違いない。だが今はこの場を何とかする方が先だ。幸いスキルを吸収した事で気力体力共に回復したのか、今ならスキルを使っても問題なさそうだ。俺は倒れたままの女に目を向けその背に手を添えると、たった今覚えたばかりの『支配』を使うために意識を集中し始めた。俺にしか見えない意識の触手が女の全身を絡めとり、その体から自由を奪う。
「くっ……うっ……」
その場から逃げようと弱々しくもがいていた女だったが、急に脱力したかと思うとゆっくりその場に立ちあがった。振り返った女の表情は穏やかなものだ。先ほどまで憎しみと軽蔑に満ちていた瞳からは俺に対する敬愛に溢れており、とてもさっきまで俺を家畜扱いしていた女と同一人物とは思えない。
「主様、何なりとご命令を」
その場に片膝をつき、熱のこもった眼で見上げる女に俺とハグリーは呆気にとられる。支配のスキルってのはここまで凄いのか。
「主様って……ま、まあとりあえず、今俺達を探している、お前の配下の動きを抑えてくれ」
「それなら心配ありません。私が主様の支配下に入ったと言う事は、私のスキルの影響下にあった部下達も主様に忠誠を誓っているはずです」
「なんだって!?」
て事はだ、こいつが今までせっせとスキルで増やしてきた手下が、丸ごと俺の配下になったって事か? ……傭兵団どころの騒ぎじゃないな。こんな力があるんなら一気に世界征服すら可能なんじゃないのか? ――と、舞い上がりかけた俺に冷水を浴びせるような言葉が女の口から吐き出された。
「と言っても支配のスキルは万能ではないので、配下と言ってもせいぜい数十人程しか居ません。それに誰にでも効果がある訳では無く、スキルの対象になるのは弱っていて波長の合う者。そして支配下に置ける人数は最大で百人と決まっています」
最大百人か……思ったよりはるかに少ない。誰にでも有効なら有力者を優先的に支配下に置きたいところだが、失敗する事もあるからあまり期待しない方が良いかも知れない。それに、この女の配下を支配下に置いたと言うなら残りの人数枠にそれほど余裕もないだろう。滅多やたらに使う訳にもいかないようだ。
「ケイオス。いまいち話についていけないんだが、とりあえず危険は去ったと考えていいのか?」
「ん? ああ、そうだな。もう隠れる必要が無いなら上空で待機してるリーシュを呼び寄せた方が良いか」
色々あり過ぎてすっかりリーシュの事を忘れていたし、さっきまでの騒ぎが収まっている事に今更ながら気がついた。忙しく走り回る者も居なければ探索を指示する声も聞こえない。そして驚いた事に、天幕を出た俺達を待っていたのは俺達を探し回っていた魔族全員だった。全員無言で整列している。その光景に一瞬気圧されたものの、気にせず上空に居るはずのリーシュに向けて合図をする。
しばらく待ったが一向に降りて来る気配が無いので今度は俺の代わりにハグリーが大きく腕を振ると、すぐ白い羽を羽ばたかせながらすぐ近くにリーシュが下りてきた。
「ハグリー、これはいったいどう言った状況だ? それにケイオスは見つかったのか?」
「説明はケイオスから直接聞いてくれ。俺の頭じゃ理解出来ん」
そう言って横に立つ俺を指さすハグリー。怪訝な表情でハグリーと横に立つ俺を交互に眺めていたリーシュだったが何かに気がついた様に驚いた表情になると、震える恐る恐る俺を指さした。
「まさかとは思うが……お前、ケイオスか?」
「……ああ。俺だよ。不本意だがこんな姿になっちまった」
絶句するリーシュを前に、俺はどこから説明するべきか頭を悩ませるのだった。
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