第7話 区長さん

 その日は夕方近くなっても何をする気も起きず、ただぼんやりと切り株に座って庭を眺めておりました。動物が人語をしゃべったことなどよりも、動物たちに言われたことが、心の中にずっしりと重く溜まっていたのです。何十回目かのため息をついたその時でした。


「おい、青山!」突然、どこからか声が聞こえてきました。

不意に我に返って、あたりをぐるぐると見渡すと、一匹の鷲が屋根の上から叫んでいるのでした。

「お前はこんな山奥で仕事もせずにだらだらと過ごしているが、そんなことが許されるとでも思っているのか。いいか、鳥も獣も昆虫もみんな働かなくてはならないのだ。俺たちは毎日生きるために必死になって餌を集めている。巣に戻れば三匹の雛が腹を空かせて俺の帰りを待っているのだ。それだけではないぞ。俺たちはほとんど眠らずに毎日毎日雛を守っているのだ。さもないと、いつ何時、蛇やイタチが雛を食べてしまうか分からないからな。俺たちはそうして毎日必死になって生きているのだ。人間だって同じことだ。人間だからといって好きなことだけして生きていられるなんて考えているとしたらとんだ思い違いだ。ましてお前は、まだ、尻の青い青二才のくせに、もう気ままに田舎暮らしだなどとほざいている。お前のようなやつを見るだけでも我慢ならん。明日にでも荷物をまとめて、さっさと出ていけ。さもないと痛い目に遭うぞ!」

そう言うと大きな翼を広げて、そのまま飛び去ってしまいました。


 私は、その晩も一睡もできませんでした。

 翌朝、はあとため息をつきながら扉を開けた瞬間、私は自分の目を疑いました。そこで目にしたのは、めちゃくちゃに荒らされた畑でした。丹精込めて作った畑は見る影もなく、熊なのか鹿なのか、とにかく獣たちに踏みにじられ、見るも無残な姿に変わり果てていました。

 私はあまりのショックに声を出すこともできず、その場にへたり込んでしまいました。


「だいぶやられたね」突然後ろから声が聞こえました。

 びくっとして後ろを振り向くと、見知らぬおじいさんが畑をじっと見つめて立っていました。

 おじいさんはこちらに向き直ると、

「君が東京から来たという青山くんかね。私はこの地区の区長をしている森山というもんです。回覧板を回しにきたんだが、あんたの家はこんな辺鄙なところにあるから、届けるのにだいぶ骨がおれたよ」と少しきつい顔をしました。

 私は慌てて立ち上がり、へどもどしながら

「どうもお手数をお掛けしまして……なんといったらよいか……まことにすいません」と頭を下げました。


 森山さんはそんな私を見定めるかのようにしばらくじっと黙っていましたがようやく口を開くと、

「あんたも頑張って畑を作ったようだが、このままじゃ何回やってもおんなじことの繰り返しだぞ。露地で野菜を育てるってのは、あんたら都会もんが、プランターでミニトマトを育てるのとはわけが違うんだ。虫もいるし動物だっている、だからわしらは薬も使うし害獣の駆除もする。そうやって苦労して野菜を育てているんだ」と教え諭すように言いました。

 森山さんはまだ何か言いたそうでしたが、私が一言も言い返せず黙って下を向いているのをみると、ほっと息を吐き、

「どうだ、今度、地区の集まりがあるんだが、そこに顔を出してみんか。田舎暮らしに憧れて移住するのも結構だが、ここで生きていくんだったら、ここに住んでいる人たちの世話にならんことには始まらんぞ」と、そう言うのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます