第6話 鹿の一団

 その夜は一睡もできなかったので、私は明るくなるとすぐに小川に行って、顔をじゃぶじゃぶと洗いました。熊がしゃべるなんて童話じゃあるまいし、おそらくねぼけていたんだろう。すっきりした私はようやく納得すると、顔をタオルでごしごしとふきました。


 その時です。林の中でガサゴソと音がしました。私はギョッとして音がした方にさっと顔を向けました。その音は段々と大きくなっていきました。草の擦れる音だけではなく、動物のいななく音も聞こえてきます。それも、一匹や二匹ではありません。何かの群れがこちらに近づいているようでした。 

 私は逃げようと思ったのですが、心臓はバクバク鳴るし、両足はガクガク震え一歩も動くことができません。結局、息が詰まるような思いで音のする方を恐々と見つめておりました。


 そんな私の前に、なんと鹿の一団が森の木々の間から現れたのでした。十匹以上いるでしょうか、鹿たちは反対側の岸辺に一斉に並ぶと、じっと私を見つめておりました。私は鹿たちに圧倒されて、ポカンと口をあけたままその場に固まっておりましたが、一匹の鹿が一歩前に出て、いきなり甲高い声でしゃべり始めたのでした。

 

「あんたは、ここに住んでしばらく経つというのに私たちに一言の挨拶もないが、一体どういう了見なんだい。あんたはこんな山奥で一人で生きていけるとでも思っているのかい。私らはみんなで力を合わせて生きている。何か危険があれば助け合って生きている。餌がなくなればどこにいったらよいか、みんなで知恵を合わせて相談しながら生きているんだ。私たち動物だけじゃないよ。木だって草だって花だって、一人じゃ生きていけないんだ。みんなで協力し合って生きているんだ。それなのに、あんたはなんだい。なんの役にも立たず知恵も勇気もないくせに、こんなところで一人で暮らそうなんて、大変な考え違いだよ」

 私はごにょごにょと下を向いて言い訳まがいのことをつぶやきましたが、鹿はそんなことには一切聞き耳を立てず、

「とにかく、ここは私らの縄張りなんだから、仲間でないものはすぐにもここから出て行ってもらいたいね。分かったね」とまくし立てながら、また、ぞろぞろと帰っていきました。

 私はがっくりと肩を落として、黙ってその様子をみているしかありませんでした。

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