天使3
他のメンバーさんたちは居場所がはっきりしない。
しかし、あてはあるとみかんさんは言った。
「特にキーボード。いる可能性の高い場所に行く!」
「それはどこでしょう?」
「魔工だよ」
レプラコーンの根城:魔術工芸学科。
「うちのキーボード……っていうかピアノ担当は、レプラコーンに育てられている。ので、そこに居る可能性は大!」
「わかりました。案内します」
各学部への分かれ道を通って、魔術学部方面へ進む。
アーケードを超えた瞬間に空気感が変わる。
「こっち?」
「逆です、みかんさん……」
そちらに行っては魔術理論学科に進んでしまう。
「ま、間違えただけ!」
みかんさんは赤くなって走り出し、魔工の領域へ踏み込む。
「サリー、みかんちゃんに呼ばれてるんじゃないのかい?」
「やだ。父さんと遊ぶ!」
「……サリー、あんまり困らせたらだめだよ。みかんちゃん来たよ?」
「や! 父さんと遊ぶの!!」
「あのねえ……お休みとってきたんでしょう。これから遊べるんだから、」
「わーん、父さんー……!」
オウキさんと、彼の腕の中の悪竜さんが騒いでいた。
みかんさんがポツリと呟く。
「……目の前でサボり宣言されるみかん、怒ってもいいかな」
「ごめん、みかんちゃん。行くように言ったんだけど、離れなくて……」
ワインのような色合いの悪竜さんは、泣きながらオウキさんを見上げている。
「父さん、俺のこと嫌い……?」
「愛してるよ。約束はきちんと守りなさいってお話してるだけだ」
「……うー……」
「変わらないなあ、サリーは」
困ったように笑って、娘さんを撫でた。
「みかんちゃん、京ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「ちは。なんでまたいじけちゃってるのさ」
「いやー、あはは。……久しぶりに会うから俺も最初はなんだろうと思ってたんだけど、サリーの通信機がみかんちゃんからの連絡で振動してて……」
「今日は父さんと遊ぶ……」
「こんな調子」
困ったような、少し嬉しそうな顔で娘さんを撫でる。
「……きっと突き放すといじけて泣くと思う。俺もついてっていい?」
「むしろみかんの方から頼みたい……ありがとう、オウキさん」
「よし。サリー、行くよ。父さんも一緒に行くから泣かないよ」
「……ん」
泣き止んでふわっと笑う顔が可愛くて、私の胸が痛かった。
「ベース野郎の居場所知らない?」
みかんさんが問う。
「んーとね……ベースくんは、この子をここに送ってすぐ植物園に行ったよ。移動してなければそこに居るんじゃないかな」
「ありがと。京、植物園だって」
「どこの植物園でしょうか……?」
大学の裏庭自体にも花を育てている場所はあるし、生物学科でも植物サンプルを育てる室内菜園があったはず。私も学内の全てを把握しているわけではないので、他学科の設備の詳しい場所まで知らない。
「魔術検証学科の植物園だよ。マンドラゴラ生えてるとこ」
「マンドラゴラ……」
まさに魔術学部。
「入り口まで案内しよっか?」
「お願いします」
「おっけー」
ソファから降りて、娘さんを床に着地させる。
優しく手を握って歩き出した。
「☆」
悪竜さんが嬉しそうでとっても可愛い。
「ついてきてね」
「はい」
「よろしくだよ!」
親子の後ろを、みかんさんと私とでついていく。
みかんさんは悪竜さんについて軽く説明してくれた。
「あの子はカトレアちゃん。許しなくサリーと呼んだらダメだよ」
「はい」
「カトレアちゃんは見ての通り、妖精さんたちの影響が強くてね。ピアノ弾いてる最中に『飽きた』って放り出して泣き出すこともある」
大変そうに聞こえる。
「大切な収録、ライブ。その時だけ呼ぶ。ハナビと合わせられて、心揺さぶるほどのピアニストってなると、カトレアちゃんくらいだからね」
「父さんとお出かけー♪」
「そうだねえ。俺も可愛い娘と散歩が嬉しいよ」
「わーい!」
「まあ、いつもあんな感じだけど……でもでも、本気になったカトレアちゃんは綺麗で格好いいんだから!」
ピアノ担当の方は唯一素顔を見せているメンバーさん。
もしかして、姿が複数ある異種族さんなのかな?
両親が違う種族であったり、もともとの性質が両極端なものを持っていたりする人は、体調やメンタルの具合で安定する姿をいくつか持つことがあるらしい。
「そうだよ。サリーは竜と魔王とで二つある。ハナビたちと演奏してるときは、完全に魔王になったときだね」
オウキさんが私を振り向く。
「父さん、撫でて?」
「うん。……今は竜だよ」
「☆」
「勉強しているね。アリスが喜んでたよ」
「っ……あ、ありがとうございます」
照れてしまう。
半自動的に振り向いたカトレアさんが、ワインを煮詰めたようなその瞳で私を射抜く。
「お前、アリスお姉ちゃんと知り合い?」
「……はい。あれこれと、相談に乗ってもらっています」
「ふうん」
あ、口癖が妖精さんだ。可愛い……
「みかん、あとのメンツ、ベースとボーカル?」
「だよ」
「集まったら、京にライブしよう」
「ほぶわ」
「いいね。やろう」
みかんさんまでニヤリと笑う。
「じゃあ、ベースくんとボーカルが見つかったら連絡入れておくれ。サリーを連れてスタジオに戻るから」
「うん」
「ここ右曲がってすぐの扉が植物園。また後でね」
「ありがとうございます、オウキさん」
みかんさんがやる気を新たに進み出す。
「右だね」
「そっちは左です……」
「ま、間違えただけだもん!」
曲がって見えてきた木製の扉には、注意書きが貼られていた。
『○手を消毒して中に入ること。
○入ったら、ビニールカバーを靴の上に被せること。
○以下の神秘持ちは教員の立会いのもと入ること。
スペル・プロンプト・テキスト
○また、以下の神秘持ちは立ち入り禁止である。
バグ・ブランク』
「……京ちゃんはパターン?」
「あ、はい」
「みかんはペーストだから問題なーし」
扉を開けると、ビニールカバーや消毒用エタノール、服の上から被れる白衣などが用意されていた。
二人で手分けしてお互いの手や衣服を消毒し、靴にカバーをかける。
「ところで、ベースさんも異種族の方なんですか?」
「うん。ベースの種族は巨人族だよ」
「巨人さんですか」
紫織の好きな神様も巨人族だと聞いた。
意外な繋がりだ。
「父親が竜とレプラコーンのミックスで、母親が竜と巨人のミックス。種族判定が巨人」
「……す、すごい」
「うん」
白衣を着て、二枚目の扉を開ける。
外からは想像もつかない広大な畑が視界を埋め尽くした。
「わ……」
見る限り人参やかぼちゃなど、普通の野菜に見える。
「入り口近くは普通の野菜だと思うよ。神秘を使うことで、農薬とか肥料とかうまい具合に節約できないかってことで実験してるやつ」
「わあ……魔法使いさんたち、色々なことやってるんですね」
「毎年学祭で、収穫した野菜と小麦でピザ焼いてるよ」
「食べてみたいなあ……」
「みかんも学祭に遊びに来るから、一緒に食べよう。……噂の恋人くんにも会ってみたいなあ?」
「っ……ご、ご存知ですか……」
「お姉ちゃんが喋るんだもん」
そんな風に喋りながら進んでいくと、風景が色とりどりの花咲き誇る花壇に切り替わった。
――夕焼けの降り注ぐ展望台に、青年が一人佇んでいる。
「…………」
「いた!」
みかんさんが駆け寄る寸前で、缶コーヒーをぐい飲みする青年が口を開く。
「……父さんと母さんに会いに来たのに、出張で居なかった……人生終わった」
「そんなんで人生終わらせないでくれる?」
「もういいんだ……僕なんかどうせ連絡してもらえないし……」
「お前が! メールも電話も気まぐれで、返事が一ヶ月後とか平気でやるからだよ!」
「僕、この電話ってやつ嫌いなんだよね。なんで僕がこんなちっぽけなからくり一つに一喜一憂させられなきゃなんないの。お陰で電源を入れることさえ億劫だ」
「じゃあ捨てろばか!」
「いや違うんだよ。なんかよくわかんないけど気に食わないんだよ」
「もー! ひー姉に言っといてやるからスマホよこせ!」
「やりい。お姉さんによろぴこ」
ベースさんが、スマホを躊躇なく投げ渡す。
「お前もみかんと一緒に頭下げるに決まってるでしょ!!」
怒るみかんさんを宥め、バンドメンバーをスタジオに集めていることを伝える。
「あー……なら行くかー……」
「ふざけんなこいつ」
「お、落ち着いてください、みかんさん。ここで揉めたら、ボーカルさんが捕まえにくくなっちゃいますよ」
聞けばボーカルさんは、この大学内でも多数の知り合いやご友人がいるそうで、あちこちに挨拶回りしているのだとか。みかんさん自身、『大学の外に出られたらもう捕まえらんない』とさえ言っていた。
「うう……妥協するか……」
というか、私たちが言い合っている間に、ベースさんは姿を消していた。
「ほんっとふざけんなよあの野郎!」
不謹慎ながら、ぷんすかするみかんさんが大変愛くるしかった。
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