終.病院で

研究素材

〔オウキ殿、体調はどうか?〕

「……。驚いたな。キミが人の心配をするなんて」

〔ごめんなさい〕

「責めてるつもりはこれっぽっちもないよ」

 ノアが周りを見られるようになったのは本当に喜ばしいことだ。俺と出会った時は神様に放り出されたばかりで、抜け殻みたいだったから。

〔あなたにもお礼を。父母の元に届けてくださったことがどれだけありがたいことだったか、今になってわかった〕

「どういたしまして」

〔佳奈子についての所見も、とても役に立った。彼女は確かに尊敬すべき人だ〕

「それは良かった」

 俺も佳奈子のことを尊敬している。

〔とても繊細なオーダーだった〕

「悪くいってしまえば弱弱しい。竜の極太強烈最強オーダーとは真逆だよね」

〔あんなにも波長をとらえるのが難しいとは思わず。佳奈子には悪いことをした〕

 王様の周りには制御も操作も神業を連発する強烈な命令持ちがたくさんいる。ノアは未熟なままでも閉じこもっていられたから、オーダーで自分を包んでじっとしていた。外に興味を持てる精神状態じゃなかっただろうし。

 けれど、同じ空間に佳奈子がいれば話は違う。

 ライオンとハムスターってくらい、根本が違う。ノアは嫌でも佳奈子と佳奈子のオーダーを意識せざるを得ない。

 もとより、研究素材にされる前は王様に一番そっくりだったノア。明晰な頭脳で、自分と周囲を見比べたことだろう。それならもう、前に進める。

 王様はきっかけが欲しくて佳奈子を頼った。

 そして、佳奈子にはオーダーがぶつかり合う感覚を学んで、うまく捌けるようになってほしかった……と。

「佳奈子、オーダー安定したよね。抜け目がないなあ、七代は」

〔父は恐ろしい。……父母に苦労をおかけしたことを認識した〕

「おやおや」

 ほんとう、成長したなあ。微笑ましい。

〔今度肩を揉んでみようと思うのだがどう思う〕

「第一声を当てておくと『いきなりどうした我が息子』と『あら嬉しい』かな?」

 当てる自信がある。

〔期待しておこう〕

「……キミから期待なんて言葉が聞けると思わなかったよ」

 ノアは首を傾げてから小さく頷いた。

〔自分でも驚いている〕

 去り際、静かに俺を見る。

〔娘さんと向き合って差し上げてほしい〕

「あはは。……うん」

 ルピナスには苦労ばかりかけているから、謝らなくちゃね。

 ノアが姿を消す。

 入れ替わりに現れたのは、自分とそっくりな我が娘。

「や、ルピィ」

「……ノアくん、いい人だった」

 泣き腫らした目をこする。

「再会喜んだからって勝手に嫉妬して八つ当たりしたの、ごめんなさいだ」

「…………」

 位置座標をスイッチする交代転移は高等技術。さらっとやってみせるところがノアらしいな。

「父さん。父さんがね、私のこと疎ましいのは、」

「愛してるよ」

「……」

 泣き出すと、宝石に変わる涙が落ちる。

「嘘だ。魔法学校に入れたの、厄介払いでしょ?」

「距離感がわからなかったんだ。……俺のそばにいるより、知見に触れて才能を伸ばした方がいいと思って」

 俺はルピナスの父親じゃない。

 再会した当時は今みたいに慕ってくれるなんて思わなくて距離を置こうとした。

 ルピナスはルピネちゃんと出会い、学問としての魔法に奮起。また、家族仲の良い彼女に憧れて、俺のそばに居られるように戻ってきた。

「寂しい思いをさせてごめん」

「……とうさんわたしのこと好き……?」

「好きだよ」

 複雑な思いがあったのも、どう接して良いかわからなかったのも事実だ。

 でも、今は心底愛おしい。

 カルをなんとか育てたは良いものの、カルが医者として自立した頃から、俺の生活はぐちゃぐちゃだった。好きなだけ起きて素材いじって、好きな時に眠った。

 ルピナスが戻ってきたのはその頃。

「俺のこと心配して叱ってくれるから、なんだか嬉しかった」

 この子がいなかったら、俺は大学で働くこともなかっただろう。

「父親でいさせてくれてありがとね」

 続けて迷惑と世話ばかりかけたことに謝罪しようとすると、ルピナスは透明な表情で俺に問うた。

「私がいるから、生きたいって言ってくれないの?」

「……」

「ごめんね。ごめんなさい」

 表情がぐしゃぐしゃに崩れていく。

「兄さんと死んでたら良かったね」

「何でそういうこと言うの」

 生まれてすぐ頭を割られたあの子を見た。

 物みたいに瓶詰めにされたこの子を見た。

 周りの人たちを皆殺しにする程度には発狂した。すぐに倒れてしまって、あの子の亡骸もルピナスも、どこかに消えた後だった。

 思い返すだけで腑が煮える。

「だって、私、父さんが……父さん……」

「……」

 ああ、うん。

 そうだね。……教えてないから、勘違いさせるんだよね。

「キミたちの本当の父親は、一切話を聞かない神様だった」

 話すのは初めてだ。

「!」

「当時、雨水かけられてそのままだった俺を、生まれつきの女だと思い込んで、全く話を聞かずにいた」

 その点については今でも恨んでいるけど、それまで俺を実験の素材かオモチャみたいに扱っていた人たちから比べれば格段にマシな扱いだった。

 不死性を確かめるために切り刻んだりしないし、魔法の道具を作らせるために暴力を振るったりもしなかった。そうしようとした人たちから俺を守り、あるいは彼らを惨殺した。

 女性扱いという屈辱ではあれど、《家》の記憶の中では最も穏やかな時間。

「無理やり腹を裂かれてキミたちが引きずり出された後、その人の助力あって家の外に出た。……温泉に入って元に戻れた」

「……その人どうしたの?」

「何度も謝ってたよ」

 今更遅いと思ったし、フラッシュバックが起こるたび発狂して暴れて八つ当たりした。

「俺に読み書きを教えてくれた。学問も。……あの神様への感情は……なんて表現したらいいかわからないな」

 恨みと憎しみと怒りがあったのは間違いない。痛みがぶり返すたびに『お前のせいだ』と怒鳴り散らして殺した。その度に神様は生き返って、俺を宥めていた。

 でも、間違いなく感謝はあった。心配してくれることも嬉しかったと思う。

 気持ちはとても複雑で、言い表す言葉がない。

「その人、生きてる?」

「……俺の崩壊しかけの体と魂を修復して死んだよ」

 俺が殺したようなものだった。

 神様も不死ではあったけど、それは俺みたいに無条件のものじゃない。何度も死んでは生き返っていれば消耗する。

 限界を迎える時に、死にかけの俺を助けて消えた。本来なら俺はそこで死んでいるはずだった。

 ルピナスが目を丸くする。

「だから……俺が死にそうなのは、ルピィとフォリアが嫌でたまらないから回復と治療のチャンスを見逃し続けたとかじゃないんだよ」

 今まで誰にも話していない。

「神様に生き永らえさせてもらったんだ。時間がきただけ」

 あの人の娘のルピナスだから、愛しいから、勇気を出して伝える。

「俺の立場抜きにしても恩人の娘だよ? 何が悲しくて『死んでたら良かった』なんてセリフ聞かなきゃならないのさ」

「……………………」

 ルピナスが両手で顔を覆う。

 指の間から宝石が溢れて痛いだろうから、タオルを押し付ける。

「あとね。……なりふり構わずしがみついたら、100年超えるくらいならできるよ」

「……ん」

「でも、それはきっと、俺の手の感覚が変わったりとか、もう歩けなくなるとか……職人としては死んでるのとおんなじだから」

「……うん……」

「職人のままがいい。50年で許しておくれ」

 疲れ切って早く死にたいと思う自分は今でも心の半分を占める。

 でも、もう半分は、子どもたちの成長を見ていたいと思う自分がきちんといる。

「いいかな?」

「いい、よ……!」

「ありがと。ユミアのお墓参りにも一緒にきてね」

「行く。行くの。ついてく」

「……おいで、ルピナス」

 飛びついてきた娘を抱きとめる。

「大きくなったね」

「ふぇく……このタイミングで、言うなあ……」

「はいはい」

 撫でて宥めていると暖かい。

 泣きじゃくって不規則だった呼吸は、だんだんと周期的なリズムに変わる。

「……おやすみ、ルピィ」

 転移で、泊まり込み用のベッドに寝かせる。

 毛布をかけていると、子育て時代のカルを思い出す。……両親も、本当なら俺をこうしていたのかもしれない。

「…………」

 両親のことを考えるとメンタルが破綻する。死にたかった頃の自分が蘇って人格もブレる。その節では、佳奈子に随分と迷惑をかけてしまった。

 両親は俺との距離感を測りかねているようで、当たり障りのないメールしかしていない。

 今まで逃げ続けた分、俺から勇気を出すべきだろう。

「……こっち来てって言ったら、来てくれるかな」

 娘を撫でながら文面を考えるのは、案外幸せな時間だった。

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