時見巫女
翰川先生に一室……俺が貸してもらったこともある一部屋をお借りし、美織ちゃんと向き合う。
「うちは、お姉ちゃんをはるかに超える世間知らず……幼稚園まではお姉ちゃんに守ってもらって……お姉ちゃんが眠っちゃってからは、お姉ちゃんが受けていた扱いをそのまま受けました」
七海家は、なんだってそんなふうになってしまったのだろう。
自分の子どもって愛しいものじゃないのか?
「……紫織お姉ちゃんの上のお姉ちゃんとお母さんが、豹変しました。……その時から、年上の女の人が怖くて」
俺が沈痛な気持ちでいると、ガーベラさんが嘆息しつつ耳元で教えてくれた。
「……歪んだ家庭環境の一つね。複数人子どもが居たら、誰かを虐げる子、他を可愛がる子って、愛情とストレス発散先で完全に分担しちゃうの。紫織が居なくなったから、立場が一番弱い美織にシフトしたのかも」
「最低じゃないですか、そんなの……」
「そう、最低」
吐き捨てるように言ってから、ガーベラさんは微笑んで美織ちゃんを撫でた。美織ちゃんはぐしゃりと顔を歪めて、しかし怖がって震えている。
そのまま抱きしめた。
「……美織。大丈夫だよ」
「っ」
「ね。お姉ちゃんとルピネ、あなたのこと信じて送り出したんでしょう? ……あなたの強さと、私たち大人のこと信じてくれたのね」
「…………」
「可愛い子。健気な頑張り屋さん。……大好き」
美織ちゃんはガーベラさんを抱き返し、押し潰した声で答える。
「……うちも、好きです……」
彼女らはそのまま戯れながら、俺をじっと見た。
「え。……あの」
「光太、あなたのアーカイブ、美織のプロンプトを制御してるね。狙ってやるだなんて化け物?」
「はい!?」
ガーベラさんは面白がるように笑うし、美織ちゃんはキラキラした目で俺を見てくる。
訂正しなければ。
「いやそのこれはですね。俺のアーカイブは、俺自身は全く感知できないんです!」
「美織。光太の側だと時系列が揺らぐこと少ないでしょ」
「はい!」
そんなこと言われても、俺はわからないから申し訳ない……
「可愛い美織……今日はあなたの訓練の場。これを機会に、大人のお姉さんたちと慣れてみましょう」
「っ、な、慣れるのは、それは」
「別にいきなり苦手意識をなくせというわけではないの。あなたが反射的に怖いと思ってしまう年上の女性も、あなたと同じように何かを感じては考える生き物なんだって理解してほしい」
「……」
美織ちゃんは頷き、離れて一礼する。ガーベラさんは微笑んで彼女を撫でる。
「頑張りましょ。……光太は京ちゃんが来るまで美織のそばにいてね」
「はい」
時系列が揺らぐというのは、同じプロンプト持ちのミズリさんでもたまにあった。まあ彼は翰川先生の可愛さを反芻しているだけなのでアレだが。
美織ちゃんは制御が不完全なのかもしれない。ならば、そばにつくことに異論はない。
「よろしくお願いします……!」
やはり彼女は紫織ちゃんにそっくりだ。ほっこりする。
「こちらこそ」
ドアを開けると、まず初めに、心配してくれていた翰川先生と鉢合わせ。
美織ちゃんがぴゃっと隠れた。
「……美織ちゃん。翰川先生、可愛くて優しいよ」
「し、知ってます……」
「嬉しいことを言ってくれるものだ」
彼女は照れ照れしつつ、美織ちゃんの目線に合わせて少しかがむ。
「来てくれてありがとう。会いたかったよ」
「…………。翰川先生……好き……」
思うんだが、七海姉妹って美人のお姉さんに弱いんだな。
「美織……可愛らしい」
俺は美織ちゃんをそっと先生の方へ押し出した。
先生はにぱっと笑ってOKマークを指で作る。
俺の先生が今日も可愛い。
美織ちゃんはリビングで翰川先生とルピナスさんに可愛がられ、もみくちゃにされている。
「はわわわ」
お姉ちゃんとよく似たリアクションをしているが、まんざらでもなさそうだ。
俺は近くに居さえすれば良いらしいので、リビング横の和室にガーベラさんと座っている。
「…………」
「光太、何か悩んでる?」
「週明けに……姉と会うんです。……何を話そうか悩んでます」
「……そうなの」
「まあ、なんとかなると思うんで」
謝り倒すくらいしかどうにもならないと思うから、取るべき手段は決まっている。
「心配してくれてありがとうございます」
「…………。そう」
ガーベラさんは目を細めて美織ちゃんを眺めている。
優しい人だ。
「ガーベラさん、美織ちゃんのこと気にかけますよね」
「夫のこと思い出しちゃって。……あのひとも、家庭環境が良くなかったから」
「……王族さんにもいろいろあるんですね」
「うん。でも、今の夫は表情豊かで優しくて綺麗で格好いい最高の男性だから!」
旦那さんラブ勢。翰川先生とアネモネさんと話が合いそうだ。
「美織も環境が変わったでしょ。いい方向に進んでいけると思うの」
「……ですね」
大人の女性たちと一人で向き合えることは、自立心を育てる助けになる。紫織ちゃんもそう思って、妹を単身送り出したのだろう。
インターホンが鳴る。
ガーベラさんの美貌が笑みでぱっと花開く。
「ルピネだ。紫織も来るね」
「わかるんですか?」
「ええ。竜だから、血を引く子の気配には敏感なの。……ひぞれ、出迎えしてもいい?」
美織ちゃんのほっぺを指で撫でながら、翰川先生が会釈。
「お願いする」
「ひ、ひぞれ先生……うち、緊張します……」
「僕はキミのことを知りたいよ」
「ひゃわああ……」
「ひーちゃんばっかりずるいよ。私とも遊んで?」
「はぅわ!?」
……空気感はともかく、可愛がられているようで一安心。
ガーベラさんは女子二人を伴ってリビングに戻ってくる。この短さは転移を実行したのだろう。
「お邪魔しますのです!」
「お邪魔します。……おばあちゃん、苦しい」
「ルピネ、今日も可愛い……モネちゃんにそっくりよ」
異種族の女性には女の子を愛でる趣味が備わっているのかもしれない。
「王妃様! ルピネちゃんは私の!!」
恋人であるルピナスさんがルピネさんを奪い取る。
「あら。私の孫娘なんだけどな」
「……」
ルピネさんはぽっと頬を染めてルピナスさんの腕の中。
「ルピナス……その。髪……」
「うう、言葉尽くして褒める予定が……」
「……ん」
乙女な様子のルピネさん。普段の凛とした彼女とのギャップで可愛い。
美織ちゃんは紫織ちゃんのそばに行こうとして、しかし踏みとどまる。
一瞬だけショックを受けた紫織ちゃんだったが、妹の覚悟と成長を感じ取ってか、握り拳をつくって妹を応援する。
……みんな、仲が良くて羨ましいな。
「…………」
いや、落ち込んでなんていられない。
祝いの場だぞ。暗い顔で沈んでいても雰囲気を悪くするだけだ。
笑顔を作って、みんなの方に宣言する。
「俺、なんか一品足しておきますね!」
「いいのか?」
「はい。落ち着かないんで、働かせてください」
「……すまない。頼むよ」
翰川先生は頭を下げて、俺にキッチンを空けた。
彼女の気遣いに感謝する。
俺が持ち込んだのは、佳奈子から預かってきたチーズ類と野菜類。そして近所のパン屋で買ったバターブレッド。
トマトをくし切りにして、カマンベールを挟んで、塩胡椒で……ピーマンと共にフライパンで軽く焼く。
もう一つのフライパンで果物と野菜を焼き、バターを厚めに塗ったブレッドに挟む。
「…………」
遠い昔、誰かにこんな風におやつに作ってもらった。ジャムを挟んだだけだったが、嬉しかった。
思い返してみれば、その誰かは母でも父でもないのだ。
姉は、存在すら覚えていなかった薄情な弟を許してくれるだろうか。
「……はー……」
「なんでため息ですか?」
「……美織ちゃん?」
気づくと、隣にエプロン装着の美織ちゃんが立っていた。
「先ほどまでは、お世話になりました。お礼にお手伝い、です」
「い、いや。大丈夫だよ?」
「お手伝い、です!」
彼女には珍しい、強い主張に少しけおされる。
「……じゃあ……具を挟むのお願いしていいかな」
「うん!」
作り方を伝えると、美織ちゃんは手際よくこなしてくれた。
「上手だ。助かるよ」
「お姉ちゃんのお手伝いもしてますから!」
「なら安心だね」
サンドを作り終えたので、重ねて小皿を重石にする。
美織ちゃんが頭を下げた。
「?」
「……そばにいてもらって、ありがとうございました。助かりました」
「ああ、そのことか。気にしないでいいよ。今は大丈夫?」
「はい。……うちのプロンプトは、私が無意識に見たいと思ってる未来を偏向で見せるらしいんです」
「そうなんだ……でも、それで怒られる場面を見るのはどういう……?」
「大人の女の人に優しくされるのが怖いから、慣れた対応を垣間見るみたいで。……嫌われてる方が安心するなんて、変ですよね」
「混乱してるだけだと思うよ。優しくされたら嬉しいでしょ? 冷たくされれば悲しいし」
「……」
「美織ちゃん、もっと幸せになっていいと思うけどなあ」
お姉ちゃん思いで働き者で、勤勉な女の子。良い子だと思うのだが。
「はう……京さんとお姉ちゃんがオチたのもわかる罪……」
「罪って」
ガーベラさんにも言われたが、なんなんだそれは。
「ん、ごほん。その。……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……お姉さんと会うの、予知しましょうか?」
「…………」
首を横に振る。
失敗した未来を垣間見てしまったら、心が折れる。
「……光太さんに会いたいと思ってるから実現するのに、悩むのは……悩みますよね。うちもそうでしたもん……」
彼女も以前は姉と会うのを怖がっていたことがある。
「光太さんなら、きっと大丈夫です。陰ながら応援します!」
「ありがとう」
……会わなきゃ始まらないもんな。
「頑張るよ」
「頑張ってください!」
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