nマス進む
「……アリス先生……」
「やはり来たか、三崎京」
髪と瞳に炎を宿す彼女は、いつものように自信に満ちた笑みを佩いている。
「進路相談に来ました」
「よろしい。椅子にかけなさい」
「はい」
私はとにかく大学に行きたいと思っていたが、私の人生は大学を出て終わるものではない。先に続いていく。
そこに思い至り、考えていた。
「リーネア先生曰く、私のパターンの作用は珍しいと」
「自己都合で発生する効果が多いからな。相手を思いやり、安らぎを願うお前が稀有なのは間違いない。で、活用法はいくつ思いついた?」
「いくつ、とは数えにくいのですが……」
前置きして、なんとかまとめた考えを伝える。
「人の精神を宥め、落ち着かせること。これの効力は先生からもお墨付きをもらいました」
「うむ」
「次……人の攻撃性と振る舞いを冷静に捉え続けること」
リーネア先生は歯に衣着せぬ表現で『時代が時代なら、暗殺者として名を残せたかもな』と言っていた。
「どちらにも短所と長所があるな」
「えっ、ふ、二つ目の方に長所が見当たらないのですが……!」
「あるさ。暴れる異種族や神秘持ちを落ち着かせるには直に触れねばならないんだぞ? もっとも、遠距離でオーラかビームでも出れば別だがな」
「あ……」
た、たしかに!
「そして、前者の短所は『落ち着いた状態が誰にでも当てはまるわけではない』ということ」
「……ヒウナさん……」
どうしようもない殺人鬼と称される悪竜。
「大正解だ。あの弟は『殺していいや』と判断した瞬間にはナイフを振り抜いているような性質をしている。無形の怪物だとかも言っていなかったか?」
「はい」
「『あの森には恐ろしい怪物がいるから行ってはいけないよ』。……こういった伝承はあちこちにある。怪物の棲家にいる怪物だ」
「……悪竜さんたちは、神話や寓話の要素を背負っているように思うんです」
アリス先生は『不死の生命体』、アスさんは『豊穣の女神』だったりと、人間が思いつく物語の構成要素になりうるものを背負う人が多い。
佳奈子から聞くほかの悪竜さんでもそう感じた。
「驚いたな。そこまで踏み込むか」
「あっ、し、失礼だとは思っているんですが……」
「分析して理解することは医療において必須の能力だ。磨きなさい」
「……」
まだ自分の進路に結論は出せない。
「話を戻そう。生まれつきの怪物にして、殺人鬼の精神状態こそが平常のヒウナは『京のパターンはこれ以上なく安心すると同時に恐怖もあった』と」
「……ヒウナさんにとっては、私の方が安心を乱すものだってことですね」
「ああ。精神が特殊な状態で安定しているやつ相手には、なんらかの不具合が起こるかもしれないな。……それでもヒウナは極端だが」
ため息をついて弟さんを嘆く。
「しかし、かつて似たような状態であったリナリアはお前のパターンを心地よく思うそうだ。お前のパターンはそういったやつと平常とで相互理解を促すもの。そう考えて良いだろう。以上」
「はい。ありがとうございました」
「うむ」
二人でサンドイッチタイム。
「ユーフォちゃんが可愛いんですよ」
「知っている。あの子が来るたび、対応科のほとんどが奇声をあげて使い物にならなくなるしな」
「皆さんも可愛いんですねー……先生に似てて、でもステラさんの表情にふとした瞬間が似てて。もう、もう……」
「貴様も使い物にならんやつか」
「それで……将来、もし光太と結婚して子どもを……って考えると、私、自信がなくなっちゃって」
「……」
虐待を受けた子どもが結婚して子どもを育てると虐待する傾向が高い。本で読んだ説だ。
もちろんそうでない人もいる。でも、私の経験は勉強を押し付けられるもので、自分が子どもに勉強を急かすようなことが必要な場面でも、きっと私は固まってしまう。
「御託はどうでもいい。……お前は子が欲しいか?」
「は、はい」
「なら、カウンセリングを受けて、自分を理解する訓練をしなさい」
「……」
止められるかと思った。
「止める理由はどこにもない。児童虐待への口さがない文句にありがちなのは『親だって辛かったんだよ。将来仲直りできるといいね』だ。圧倒的に立場が上の親から暴力を振るわれた方が辛いに決まっているだろバカか。仲直りする? なぜ対等に考える。事情を聞いて許すかどうか決めるのは子どもの方だろうが」
「…………」
心が軽くなったように思う。
中学時代、担任の先生から『ちょっとの仲違いでしょう』と決めつけられたけれど、認めてもらえると心がこんなにも違うんだと……
「その親もかつてはその親に……なんて言われても、子をそうする免罪符にはならないんだよ。親がすべきは『今の自分はかつての親と同じだ』と気付き、然るべき機関に相談すること。病院や相談施設では、親も子も助けられるようさまざまな支援を行なっている」
「……」
私の両親はどちらも同じように教育熱心な医者家系で、二人は随分と厳しく育てられたらしい。
そう育てられたから、同じように私を育てた。自分たちが医者にならなかった分、子どもをそうして、実家を見返してやろうとしていたように思う。
「お前が罪悪感を抱く必要は全くないから、まずは自分がどれくらい傷ついたのか把握するといい。心の余裕を基準に都合を考え、ここに連絡してくれ」
アリス先生はサラサラと電話番号を書き出し、私にメモを押し付ける。
「時間、かかっちゃいますよ……」
「当然だ。半生と向き合うのだから」
「……はい」
私は、私ときちんと向き合おう。
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