4.3月下旬、裏

ふりだし

「はあ、はあ……ゆ、ユーフォちゃん……」

「ぁう?」

「かっわいいぃ……!」

 あまりの可愛さに、膝から崩れ落ちてしまう。

「ですよね可愛いですよね!」

「ちっちゃくてもちもちしてる……」

 紫織と美織も頷いている。

 佳奈子はおそるおそるユーフォちゃんの手に指を伸ばし、握られて硬直していた。

「みんな、ユーフォ、可愛がってくれ……て。ありがとう」

 ベビーマットの上で回転運動中のユーフォちゃんに着くステラさんが頭を下げる。

「こちらこそ見せてもらってありがとうございます……」

 女子会を開催した帰りに、リーネア先生の家に寄らせてもらった。

 お土産は喫茶店テイクアウトのサンドイッチ。赤ちゃんのお世話の合間に食べやすいと思って。

「ぁー!」

「謎声」

「ぁぶふ……」

「おもちゃか?」

 先生はさりげなく佳奈子を助けつつユーフォちゃんと会話。砲弾を模したにぎにぎのおもちゃを手渡す。当初の怖がりようからは信じられないくらい赤ちゃんに慣れている。

「……なんだかミリタリーなデザインのにぎにぎが増えてますね」

「なんか、俺の弾薬いじりたがって……それを知った親戚みんなが作って送ってくるんだ」

「ぁー!!」

 今も大興奮でライフル弾型をにぎにぎ。さすが先生の娘さん。

「……猫とかウサギとかあるのになんで弾薬……」

 先生は複雑な想いがあるみたい。

「ほかのおもちゃじゃダメなの?」

「取り上げようとしたら本気泣きされて……医者に聞いても『諦めろ。話せるようになれば趣味嗜好は変わる』とかなんとか」

 佳奈子の問いに沈痛な面持ちで答えている。

「大変ね……」

「……まあ、可愛いから、いいけど。言って聞かせられるようになったらそうするさ」

「ぁう」

 ユーフォちゃんはぷるぷると体を手足で持ち上げようとして、こてんと横倒れする。

「……かっ、可愛っ……!」

「もしかしてハイハイするのかな!?」

 見守る七海姉妹。

「ずり這い、は。始めてる」

 ステラさんの言うように、ユーフォちゃんは回転運動とずり這いを併用して意外な高速移動を実現している。

 胸が痛いほど可愛い。

「……お前らこれからどうすんだ?」

「え?」

「女子会続行か?」

「あ、いえ。佳奈子も紫織も用事があるそうなので、解散です」

 先生は首を傾げている。これは戸惑いや逡巡のサイン。

「……んー」

「どうしたんですか?」

「いや……まあ、うん。……ん」

 私に無地の茶封筒を差し出した。

「?」

「預かりもの。手紙」

「……えっと」

「家で開けて、見といてくれ」

「…………。わかりました」

 よくわからないけれど、こういう時の先生の指示には従うべきなのはわかっている。

 バッグに封筒を入れる。

「あ、あったかい……!」

「ぁーう?」

 佳奈子はユーフォちゃん抱っこチャレンジに成功して感動している。

「ユーフォちゃん、人見知りしない子なんですね」

「私の言うこと、わかる、と思う。……リナリアのこと、教えた。懐いた」

「どんなふうにですか?」

「リナリアは、きれいで。優しい。強い。……好き」

「きゃー! ステラさん、純情!」

 盛り上がるステラさんと七海姉妹に、先生が真っ赤な顔で割り込みに行く。

「おいちょっと待てやめろ恥ずかしさで泣くぞ!」

 ふき出すのをこらえるのが大変だった。



 家に帰って、ステラさんからもらった写真を眺める。

「はう……可愛いよぉ……」

 ユーフォちゃんは誰がどう見てもリーネア先生の生き写し。でも、先生のことをある程度深く知っている人が見ると、『表情が別人だ』とわかるような子。ふんわり笑う姿がステラさんに似ていて、これまた可愛いのだ。

 ステラさんと先生に撫でられてはしゃぐ姿も、とても心温まる。ユーフォちゃんは先生とステラさんのみならず、先生のご親戚や友人の方々にも可愛がられて……すっごく可愛い。

「…………?」

 一瞬、胸が痛んだ。

 なぜだかわからないから、これは不具合だ。

「……そうだ。お手紙見なきゃ」

 頭を切り替えよう。

 先生から受け取った茶封筒をペーパーナイフで開ける。オウキさんに作って頂いたものなので、非常に使い勝手が良い。

 中には飾り気のない便箋と、一枚のA4用紙。


『三崎京へ

 リナリアから、貴様が一人暮らしを始めたと聞いた。めでたいことだ。しかし、女の一人暮らしは用心を重ねるに越したことはない。夜道は避けて、どうしてもというときは恋人に頼るといい。

 それはさておき。合格と新生活開始のお祝いを兼ねて、プレゼントを用意している。本来ならば直に出向いて渡すのが礼儀だが、どうしても職場から離れられない。別紙の中から都合のいい日時を選んで、病院に来て欲しい。

 連絡を待っている。

 アリス・ヴィアレーグ』


「え、アリス先生?」

 かつて一度、札幌の病院で出会った悪竜さん。あのシェル先生をも凌ぐ天才の女性。

 別紙というA4用紙を開くと、丸のついたカレンダーと彼女の職場である病院の住所が印刷されていた。

「こんなに丁寧に」

 プレゼントを下さるなんて青天の霹靂だ。申し訳なく思いつつも、とっても嬉しい。

 何かお礼の手土産を用意していこう。近くの喫茶店なら、サンドイッチ以外にちょっとした洋菓子もテイクアウトできる。

 あ、でも、病院内で医療従事者に贈り物を禁止してるところもあるって聞いたことが……

「……メールで確認を」

 カレンダーには明日の日付もあったので、予定が空いているうちに早速選ぶ。

 考えている手土産の品目リストをつけて、自分なりに丁寧にメールを送ると、アリス先生からすぐに返信が来た。

『差し入れ大歓迎だ。小煩い奴らに知られなければそれでいい。異種族対応科は私の縄張り。私が法律なのだ。サンドイッチ希望!』

 ものすごい暴論だけれど、彼女らしいと感じられて楽しい。

「ふ、ふふふ……良かった」

 甘い系としょっぱい系を半々くらいで詰めてもらって、明日持って行こう。

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