花弁
便箋を折って封筒の中へ。家族親戚のみなさんへの分を書き終えたので、結構な量です。
オウキさんと手分けしながら封筒を閉じていきます。
「封筒にも宛名書きましょうか」
「ああ、それは大丈夫だよお」
「?」
虚空に手をかざして、細工のなされた木箱を出現させました。
「全部しおりん頼りなのも申し訳なくてね。みんなの名前をハンコにしておいたんだ。これ、カルのやつに」
手渡された一本を深緑の朱肉につけて、カルミアさんの封筒に押します。カルミアさんのお名前が流麗なフォントで現れました。
「すごい……!」
「ありがと。ペタペタ押してくよ」
「ところで、どうやって誰が誰の封筒か見分けてるんですか?」
封筒に入れる時もテキパキと指示してくれました。
「花の模様を透かしてあるんだ」
封筒の端を光に照らすと花が浮き上がりました。
「オシャレです。きれい」
「そう言ってくれると嬉しいな。……俺たちみんな、花の名前だから、それで……まあ、母さんだけは、ちょっと。フローラって花の総称だし……」
花に詳しくない私でもこれはなんという名前かわかります。シフォンのように薄い花びらが折り重なった、母に贈る花。
「カーネーションですね。いいと思います」
「う……」
「オウキさん、押せますか?」
私ではどの花が何かわからないのです。
「やるよ。これくらいは、出来るさ」
後ろにクッションを挟んで、上体を起こせるようにします。アルバムのような分厚く固い本を土台に判子を押していきます。
判を押して、乾くのを待って。
オウキさんは手紙を嬉しそうに小さな金庫の中に入れました。金庫は教員室内の棚に転移させ、朗らかに言います。
「これでもう、俺が死んだ時にしか開かない」
凄絶な覚悟に涙が出そうになります。
「……」
「今日はありがとね」
「はい……」
「友達に向けて書くのはまた今度」
足音と気配。
これはリーネアさんですね。
「終わったのかな。……行こうか」
「はい!」
オウキさんがベッドから立ち上がるのを手伝って、二人でドアを開けます。
私たちをじっと見るリーネアさんの表情は透明。
明るく声をかけようとしていたオウキさんが目を見開き、それから、戸惑うような仕草を見せます。
沈黙のあとにリーネアさんがぱっと表情を微笑に変えました。
「……。悪い、ぼうっとしてた」
「あ……うん。ユーフォとステラは?」
「みんなに撫でられてる。ステラの義肢についても、みんなでアップデートしてく流れになった」
「良かったねえ」
良かったです。
「ラーナさんが父さん呼んでたよ」
「おや。……なんだろ。先行ってるね」
エメラルドの髪が曲がり角の向こうに行ってから、しばらく経って、リーネアさんが私を見ます。
「な、なんでしょう?」
「ありがとう」
「…………」
リーネアさんの表情は透明で、私には感情が見通せません。
「……それだけ」
「あの……リーネアさんも、オウキさんの……」
「余命は知ってるよ。……引き止めたいと思うけど、それはきっと地獄に閉じ込めるのとおんなじだし……」
オウキさんの記憶は、オウキさんの類いまれなる体感覚に焼き付いてはがれません。それは、同調しかけた私にもわかります。ふとした瞬間に蘇り、オウキさんを苦しめているのも……
「なんだろうな。ユーフォを孫娘だって喜んでくれたときは父さんが『まだ死にたくない』って言ってくれないかなって思ったりもした。……些細なきっかけでも、間違っただけでもいいから『生きてたい』って言ってほしい」
「……」
私が何も言えないでいると、リーネアさんは深いため息をついて、淡い苦笑い。
「悪い。……今日はお前のこと紹介するつもりで連れてきたのに、父さんにかかりきりにさせたな」
「い、いいんですよ。……お話しできて嬉しかったです」
「ん。もう夕方だけど、これから紹介するよ」
「はい。よろしくお願いします」
皆さん優しそうな方ばかりでした。
「……寝てる……」
「かわゆす。かわゆす……!」
「あふん……天使が降臨してるみたい……」
「無音カメラって便利だ」
乳母車の中のユーフォちゃんはスヤスヤおねむで、その周りにはご親戚の皆さん。
「…………」
リーネアさんの目が死んだ魚のように……
「父さんまで何してんだか」
オウキさんはスマホで無音撮影中です。
「愛ですね!」
「……俺ら妖精、良くも悪くも愛情で暴走するのが問題なんだけどな。ステラも寝てるか」
ステラさんはベビーベッドのそばに設置された簡易ベッドでスヤスヤです。その寝顔がユーフォちゃんとよく似ていて、私のハートがきゅんきゅんします。
ユーフォちゃんはリーネアさん似ですが、瞬間の表情はステラさん似なのですね。
「なんで胸抑えて苦しそうなんだ、紫織……」
「私もあまりの可愛さに苦しいよ!」
「叔母さんには聞いてない」
オウキさんにそっくりな女性が、にこにこと私を見ています。
「わわ……は、はじめまして。七海紫織と申します!」
「はじめまして。私はラナンキュラス。ラーナって呼んでね」
「はい、ラーナさん!」
「……かわゆい」
「わ」
撫でられてしまいました。嬉しいです。
「私のお兄ちゃんを、よろしくね」
「…………。もちろんです」
「……ありがとう」
双子のご兄妹ですから、お互いのことを思っていらっしゃるのだと思います。
先ほどのラーナさんへの手紙も優しさに満たされていました。
「そろそろ大集合だから、帰り際だけどちょっと待ってね」
「?」
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