最終日

「アリア帰ってきたね」

「……」

 予想に反して、先生が直に出現する様子はない。

 ちがう。予想に反してなんかない。

「あの子はたまに考えなしに動く」

「そこが可愛いじゃない」

 目の前の王様と王妃様が、空間を固まらせてる。

「……っ」

 わからない。あたしには何もわからない。

 目の前の二人の『技術』が卓越しているということしか。

「ああ、お前は10歳検査を体感していないのだな」

「け、検査、受けたわよ。……何もなかった」

「あれはな。魂の経過年月が10年経っている10歳にしか作用しない。お前が例外中の例外だったというだけだ」

「…………」

 わからないけど、わからないから、知りたい。

 知りたい。知らないなんて嫌だ。

 王様は静かに笑って、王妃様を振り向く。

「……ガーベラ、アリアを抑えていてくれるか?」

「うん。手足折って抱きしめてくるね」

 え。

 王妃様が転移で消える。……あの転移は、一度だけ見たリーネアさんのものと似てる。

「《母親》探しのために鬼の性質を全開にしただろうから、ようやく安定したばかりのお前に向き合わせて妙なことにはしたくない。普段なら落ち着いているのだろうが……本当にお前のことが可愛いらしい」

 くすくすと笑う彼は、どこからどこまで読み切っているんだろう?

「さて、またお話をしようか」

「……」

 答えた。

「うん。話したい」

 彼は優しい微笑から、ゆらりと揺れるような笑みに変えて、あたしを指差す。

「手始めに、あの子とローザライマ家がお前を気に入った理由を教えてあげよう」

 座敷童だからだと思ってた。

「アリアの書いた論文が、生前のお前の境遇の間接的な原因だったから? 否。猿真似の『和風屋敷』から座敷童が誕生したから? それとも正式な前例のない神話の現象:『復活』に成功したから? 否だ。全ては否。驚嘆に値することではあるが、家名を出してまでするようなことじゃない」

 王様は、かつてシェル先生と交わした契約書、その端に押された印を指差す。

 歯車を抱えた竜の紋章を。

「……前はこんなの、浮かんでなかった……」

 先生の名前が書かれていただけ。写真にも残してある。

「インクがレプラコーン印の特別製でな。契約を結んだ上で、決めた条件を満たすと浮き出る」

「ていうか、なんで王様がそれ持ってるのよ。先生のなのに」

「鬼は由来からして契約を破壊する生き物で、竜は契約で自らを縛る生き物。鬼が契約書を持っていると次第に破損してしまう」

 その情報を含め、改めて考えるとすごい組み合わせだ。

「普段はこういった書類を管理するのはタウラの役目なのだが……あの子は『きっと同じでしょうから』と俺に届けにきた」

 タウラさんも朗らかに見えてえげつない。

「お前の性格や理数の才能を含め、逆境に負けない強さを気に入ったから条件を満たした。助けたのはお前が座敷童だったからでも、愛しく思うのはお前自身だよ。別物なんだ」

 うっかり泣きそうになったけど、こらえて王様を見返す。

「そもそも本気で座敷童をつくりたいのなら、ありとあらゆる人権を無視してアリアが手を加えればいい。あの子はそういう化け物なのだから」

「……論文書けってせっつかれてるのは、それのせいなの?」

「永遠の命か復活権が欲しい人々から熱望されている。……時間が限られているから輝くのだろうにな」

「…………」

「お前は成長著しい若者だ。オーダーの扱いに困ったら言いなさい。助けになれる」

「あ、ありがと……」

 電話番号とアドレスをもらう。王様の連絡先ってなんだかレアな気分。

「安定した頃か」

「?」

 彼は笑って、あたしを突き落とした。

 ぽっかりと空いた穴へと。

「っっ!?」

「行っておいで、佳奈子」



 落下した場所はどこか。

 ……先生の書斎。

「智咲」

「…………」

 先生は腕が逆に曲がった状態で柱に鎖でくくりつけられていた。

「無事で良かったです」

「あんたの方が無事じゃないじゃない! なんでこんなことに!?」

「昔からお母さんは俺の暴走を止めてくれるんです。大好きな母なので、怒らないでください」

「盲目なのもいい加減にしろよこのボケマザコン……!」

 鎖は幸いにも複雑な結び目ではなく、少し引っ張るだけで解けた。

「……大丈夫?」

「はい」

 ぐりんと腕が回って、何事もなかったかのように回復する。

「あなたを二度も殺すのは御免です。……と、思っていたのだが。冷静を欠いていたようで、お母さんに止めてもらってしまった」

 彼の放つスペルは静かで、綺麗に巡る。

「…………」

「お父さんから色々教わったと思うが、いつも通り生活して、不安定になった時には周りに頼るように」

「うん」

「外出にも許可を出そう」

「……ふふふ」

「?」

 やっぱり、あたしは先生が好きで、敬愛している。

「あたし、先生の娘? 可愛い?」

「……家族以外で、緊張せずにこうして話せるのは、お前くらいだ。娘のように思うよ」

 撫でられると嬉しい。

「お父さん、王様だったのね」

「そういえば……話そうとしたら当の智咲に止められたな」

「だって難点があるっていうから……」

「難点はワーカホリックなところくらいだ」

 あの極端なメンタルか。

 大変そうね。

「普段は王城の近くの別荘で父母は暮らしている。子どもたちも喜んでいるし、来てもらえて良かった」

「……あたしもお世話になった。お礼言ってお見送りさせて」

「ああ」



 膝にパヴィちゃんとセプトくん、そばにルピネさんとタウラさん、ノクトさんを侍らせて、王様と王妃様が宣言する。

「こちらの世界に本格的に越してこようと思うんだ」

「別荘もお片付けして子どもたちに譲ってきたんだよ!」

「……は?」

 先生がぽかんとして、しかしすぐに立ち直って、唯一自分側にいるアネモネさんに視線を向ける。

 彼女は苦笑して首を横に振った。

「ごめんなさい。私も反対したのだけれど……」

「もう少し強めに反対してください」

「あなたの小さい頃のアルバムくださるって仰られて……」

 ぽっと頰を染めるアネモネさん。

「買収されないでください!!」

「アリア、私たちが来たら、邪魔なの……?」

 うるうるした目で見つめる王妃様の破壊力が凄まじい。マザコンの先生が気圧されている。

「いえっ……その。ご、ご自身のことをお考えになられてはと……!」

「ひぞれに頼んで、マンションを購入したんだ。これでひぞれとリナリアとお隣だな」

 あ、実現したらリーネアさんが苦労するパターンだ。

「いえあの。生粋の城暮らしのお父さんが『お隣さん』というワードに魅力を感じておられるのはわかるのですが! こちらで暮らすには難易度が高いのではと!」

「お父さんなんでおじいちゃんたちのこといじめるの?」

「おふたりが居たら嫌なんですか?」

 おおっと。ここで末っ子二人からダメージ!

 先生の目が泳ぐ。

「父上。おじいちゃんとおばあちゃんもこちらの方が良い。智咲にとっても」

「ご心配をなさるのはわかりますが、お二人の気持ちも汲んでさしあげてください」

 ルピネさんとノクトさんからも追い打ちをかけられ、最後のタウラさんはといえば……

「僕はお姉ちゃんの喜ぶことをします」

「……この悪魔」

 見ての通りシスコンの鬼畜だ。

「せめてこの家を拠点に文化を体験してくださいね」

「それもするつもりだ。しばらくここで孫たちと戯れてから引っ越すよ」

「たわむるるの?」

「うん。今日から一緒だよ」

「!」

「おばあちゃん、高い高いしてください」

「よーし、おばあちゃん頑張っちゃうよ!」

 きゃあきゃあとはしゃぐ姿がとても可愛い。

 孤立無援の先生は長いため息を吐いて、アネモネさんに慰められていた。

「元気出して、あなた。私は元気いっぱいよ」

 幼い先生の写真を手に持っている。

「燃やしてくれ……」

 お子さんたちが大喜びでお祝いの準備をし始めたと同時に、アネモネさんがアルバムを見せてくれた。

「可愛いでしょう、私の夫!」

「……ほんとだ」

 幼い先生が梯子で本棚にのぼっていたり、王様や王妃様、またはその人たちに似た人物に抱っこされてたり……

「向こうの世界にも写真があるの?」

「魔法で紙に風景を焼き付けるの。絵取りって呼んでるわ。こちらの世界だとトランプゲームの名前だそうだけど」

「へえー……みんな発想は同じなのね。この瞬間をとっておきたいっていう」

「技術の進歩ってそういうことよね」

「やめろ見るな燃やせ!!」

 先生は半泣きで訴えてくるんだけど、なぜか見せようとすると怯えて後ずさる。

 完全にアネモネさんに手玉に取られていた。

「昔から絵取りも写真も苦手よね、あなた」

「うー……」

 ローザライマ家はとても賑やかだ。

 最後の一日も楽しくて良かった。


 ……明日から東京暮らし、頑張ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る