彼女は家の中に
あたしはローザライマ家の援助もあって、セキュリティのしっかりしたマンションを借りることができた。
「……ハノンさん」
「なに、佳奈子」
「やっぱりあたしがスーツ着ても、お遊戯会みたいに……」
140センチ台のこの体躯では子どもが衣装着てるようにしか見えない。明日の入学式に備えて準備してるんだけど、見れば見るほどちんちくりん……
「背筋伸ばして立ってれば誰もなにも言いません。人はあなたが思うより、あなたのことを見ていないものよ」
ハノンさんは私の背をぽんと叩く。
「新生活はどう?」
「……先生とアネモネさんと、ほかのご兄弟の方も遊びに来るから、新生活って感じがしないわ」
引越しの時だってカノンさんを筆頭に力持ちな人たちが手伝って、そのまま引越し祝いのパーティーだし、必要品の買い出しもルピネさんが車を出してくれたしで、お世話になりっぱなしだ。
「あら。お節介してごめんなさいね」
「助かってるの。ありがとうございます」
「どういたしまして。サイズも合ってるみたいだから、着替えて良いわよ。お疲れ」
「うん」
自分の部屋で着替えてから戻ると、リビングに王様と王妃様が居た。
「ここが佳奈子の城か」
「静かで良い場所ね」
「…………」
ご夫婦の向かいで項垂れるシェル先生と目が合う。
ハノンさんはしれっとしてキッチンでケーキを切っていた。
「すみません……呼び鈴を鳴らすという概念を理解してくれなくて」
先生がご両親の引越しに頭悩ませる理由がわかる気がした。
「お邪魔してます」
「お邪魔させて頂いている」
「……いらっしゃい」
平然と挨拶してくるのがさすが先生のご両親だと思う。
「来てくれて嬉しいわ。インターホンを押してくれたらもっと嬉しかった」
「そうなんだ? ごめんね。次から気をつけます」
「すまない」
「……何度も言ったのに、智咲からは聞くんですね……」
ぐったりしている先生をハノンさんが慰めていた。
「で、何か御用?」
「うむ。お前の門出を祝っていなかったのでな。手を出せ」
「?」
言われた通り、王様の前に両手を出す。
「引越し祝いだ」
あたしの手の上に金と宝石が降り注ぐ。
「この人金銭感覚が死んでるぅ‼」
生まれてこのかた、本物の貴金属になんて縁のないあたしが抱いた感情といえば、喜びでも驚きでもなく恐怖。
先生に抱き着くと、彼は呆れ顔で受け止めてくれた。
金銀財宝は床に散らばる。
「む」
「シュレミア一人に任せた私が悪かったよね。ごめんね」
「えっ……が、ガーベラ? いまの、何か駄目だったのか……?」
おろおろする王様。その様子から、彼は完全なる善意で純金を降り注がせたのだとわかった。
先生が言いにくそうに教えてくれる。
「……宝石の魔法竜というだけあって、鱗が金銀財宝なのです。それは人型の時には《竜の蔵》という種族特性で貯蔵され、自由自在に使うことが可能に……あんな風に……」
こんなに沈んでるの、始めて見るかも。
「あのお二人、先生の家で過ごしてるのよね?」
「そうなのですが。俺や子どもたちのそれぞれの仕事で有益なアドバイスをくださったりだとか、末っ子たちにあれこれ教えてくださったりだとか、助かっているのですが……どうしても父母が現代社会に溶け込む未来が見えない……」
「……」
王様は王妃様にお説教されて涙目になっている。
「先生ってほんとお父さん似なのね」
「この流れで言わないでください……」
「普段の自分の鬼畜ぶり思い返しなさいよ」
しかしまあ、受け取っておいて放り出したままなのは無礼だ。粒を指で拾い集め、テーブルの上に置いていく。
さっきはすぐに放ってしまったから気づかなかったけど、やはり金の比重は宝石と比べて大きい。
しゅんとしている王様にお返しする。
「さすがにこれは受け取れないわ」
「そうか……すまない……」
粒が消え去る。《竜の蔵》とやらに戻したみたい。
「謝らなくっていいのよ。お祝いしてくれるって気持ちが嬉しいんだもの。……これからこっちの常識を覚えてけばいいじゃない」
「……ありがとう」
王様の顔が少しだけ明るく戻る。
「入学祝いと同じにして、何かプレゼントするね。二人で選ぶからさっきみたいにはならないよ」
王妃様は王様の手を優しくさすりながら、あたしに頭を下げる。
「ね、シュレミア。いいでしょ?」
「……ああ」
「うん」
あんまり仲睦まじいから、あてられてしまう。
「ということで、楽しみにしててね」
「……ありがと」
王様と王妃様が帰り、ハノンさんがシャワーに入っている間に、先生に話しかける。
「先生、あたしね。……先生に命もらったの」
「……」
恨んでなどいない。
「人間って死んだら終わりでしょ? でも、あたしはもう一度もらったわ。……ありがとう」
「こちらこそ、生きていてくれてありがとう」
「うん」
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