巫女と手紙

 教員名には、『Orchid A Valathepice』。

「……」

「参ったな。入る前からわかるのか」

「オウキさん?」

 私には糸が見えます。

 でも、オウキさん。

「オウキさん」

 どうして?

「なんで、いまにも死んじゃいそうなんですか……?」

 これで立って歩いてるのが不思議なくらいで、魔法を使えるのも変です。

「泣かないでよ、紫織」

 オウキさんの教員室には、仮眠用のベッドがありました。オウキさんを押し込んで毛布をかけます。

「おーい、しおりーん? お客さんの前で寝たきりの格好はちょっと……」

「ダメです。私が耐え切れない……‼」

「……。ちょっと頼み事聞いてくれれば、あとは親戚にキミのこと紹介しようって思ってたんだけどおー」

「むり、むりなんです。だめです。……オウキさんが無理してるの、嫌です」

「…………」

 ため息を一つ。

「じゃあ……悪いけど、このまま話すね」

「はい!」

 オウキさんは深呼吸しているのですが、いつもなら巡っているはずの魔力が感じ取れません。

「……オウキさん……」

「泣かれると話しづらいなあ」

 くすくすと笑って私のおでこを突きました。

 緑の火花はリソースの色。安らぎの魔法……

「うー……」

「まあ、いいや。話すよ」

「っひく。はい……」

 ティッシュで顔を拭くのです。向き合わなければ。

「いろいろとあって、俺の魂が崩壊するのが50年後くらい」

 よく耐えました、私。

 なんでもお見通しなオウキさんは、困ったような顔で私を見ています。

「で、まあ……ふとある日、遺書を書こうと思ったんだよね」

「思ったのはいつですか?」

「遠慮なしだねー。ちょうど、大学の夏休みが始まる前だったかな。……死ぬのは変わらないけど、一応、残す家族親戚にメッセージを用意しておこうかと」

 ……死への恐怖はなく、少しの寂寞と安堵があるご様子で、それがまたとても切ないのです。

「でも俺、うまく緊張が持続しない体質でさ。書こうとした遺書がこんな調子で……」

 恥ずかしそうに見せてくれた紙は、判読不可能なインク染みの群れに半分くらい埋め尽くされていました。

「なんて書こうか迷う緊張と、きれいに書きたい緊張とで、まともに文字が書けない。……巫女の術式に合わせるから、負担はかからない。子供たちにまとめて1通。ステラとユーフォに向けて1通。親戚たちに1通で……両親に1通。合計4通でいいよ」

「オウキさんが本当に望む人数分、全部協力します」

「……でも、紫織にだって生活があるわけだし」

「いいから頷いてください‼」

 鈍い痛みと一緒にわだかまるこの気持ちを、オウキさんに向かって吐き出します。

 涙で眼も痛い――

「なんで尊敬する人の諦めた顔を見なきゃならないんですか、私は! 助けられないくらいなら、巫女じゃない方が良かったのに‼」

「……」

 透明な表情で、私をじっと見返すオウキさん。

「変わったねえ、しおりん。……人の成長は早いものだ」

「ふ、っく。ぇく……」

 困ったみたいに笑って私の手を取りました。

「……じゃあ……家族親戚の分は、甘えていいかな」

「…………はいっ……!」



 手をつないで、オウキさんと魔力の波長を合わせます。

「……柔らかくて不思議、です」

「うーん。感触でわかるしおりんが俺にとって不思議」

「水みたいに柔軟ですよ。きらきらしてます」

 巫女の才能とはとどのつまり、生まれから育ちから何から何まで違う赤の他人とさえ波長を合わせられる、生まれつきの魔力制御の器用さなのだそうです。

 練習でルピネさんやタウラさんとつないで、美織ともチャレンジして成功しました。

「制御の器用さっていうか、魔力の扱いと許容範囲の広さもそうなんだけど……同調していながらも自らを揺らがせない精神のありようもなかったら難しいんだよ」

「そうなのですか」

「うん。実は、波長を無理やり合わせてつなぐだけなら、道具を使えば常人でも可能。……ま、廃人一直線だけどね」

「はわ……ダメですそんなの……そういう危ないことなら、私みたいな人に任せてくれればいいですよね」

「キミの純粋さが眩しいよ」

 波長が合いました。これで、オウキさんがしたいこと、私が代わりに出来ます。

 つながったのはペンを持つ腕の感覚。

 ローテーブルに便箋とペンを用意して、オウキさんに見せます。

「誰から書きますか?」

「うーん……リナリアからかな。今日もお世話になったから書きやすいし」

「わかりました!」

 ペン先を宛名の線に添えると、ゆっくりとペンが動き出しました。

 書かれたのは『Linaria』。

「……緊張できないからとりとめもなく書くし、やり直してもらうかもしれない。大丈夫?」

「約束を破るようでは巫女失格なので、ご心配なく」

「これは頼もしい」

 リーネアさんへのお手紙は、オウキさんからのいたずら心と愛情に満ちていました。

「あの子はねー……父親らしいことしてやれなかったのに、会ってすぐ許して、父親だって認めてくれて……嬉しかったな」

「……リーネアさん、バランスを犠牲にしてる分、強いです」

「そうなんだよ。苦労ばかり掛けちゃったな」

「きっと許してくれますよ」

「うん。……でも、あの子の心の広さに申し訳ないから、今度クリーム入れてシフォンケーキ作ってあげようと思うんだ」

「いいですね。お手伝いが必要な時は呼んでください!」

「ありがとう」

 次はカルミアさんへのお手紙。

「カルは……カルはなあ。ほんとに、いつも、苦労と迷惑ばっかりかけてた。メンタルぐちゃぐちゃだった俺のこと支えてくれたな。ほんとは俺が親なのにさ。……考えれば考えるほど、父親失格かもしれない」

「そのセリフをカルミアさんに伝えてみてください。きっと怒りますよ」

「しおりん、なんか強くなってない?」

「オウキさんと波長合わせてるから、ですよ」

「……あはは」

 今度はルピナスさん宛て。

「…………。すっごい複雑な気持ちがあったけど、今では生まれてきてくれて良かったと思う。医者になって忙しくなったカルと交代するタイミングで会ったから、助かったよ」

「……」

「紫織、辛かったら休憩しようか」

「だい、じょうぶ、です……‼」

 4枚目。……”ジュンシフォリア”さん宛て。

「フォリアは……フォリアは、よくぞまあ、俺を殺さないで許してくれたなって感じかな」

「…………」

「休憩しよう。するよ」

 つながりが消えました。

「ていうかもう、した」

 オウキさんがいつの間にか持っていた木のナイフで、魔力の糸を断ち切ったのだとわかります。

「うーん……思ったより感度が高いねえ、キミのスペル。俺の記憶とまで同調しそうになってる」

「……」

 つらい記憶で怖くなっただとか、ダメージを受けたとか、そういうことは全くありません。痛いのはこの胸だけ――

「オウキさん、ダメなんですか」

「…………」

「……死んだら、会えないですよ……?」

 彼がどれほどお子さんたちを愛おしく思っているか、痛いほどわかりました。苦しいです。

 オウキさんを死へと諦めさせる過去もすべて。

「……お昼ご飯にしようか」

「っひぐ」

「大丈夫。はぐらかすことはしないよ」

 お弁当を時間停止装置から出して、私に一つ渡します。

「いただきます……」

「どうぞ」

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