第86話

 


「シャルティエ様、良くお似合いです!」

「えへへ、ありがとう」


 アリッサにいつも変わらずの手際のいい着付けに感動を覚えながら、姿見の前に立って後ろ姿も確認する。

 流石はクリス様といった所だろうか、腰の部分にもスカート部分にかぶせられた物と同じレースでリボンの加工が施されていて上品だ。そのレースに編みつけられているパールが光に反射してキラキラしている。

 彼がどんな思いでこのデザインを仕立屋に提案してくれたのか、それを想像するだけで嬉しくなる。

 髪も、普段は前髪が真ん中で分けられているが、前に学園祭のミスコンでやって貰ったように七三に分けて流すようにかためて貰った。

 これなら踊っても崩れる事もなく跳ねることもなさそうだ。

 横髪を少し残して巻いてもらい、あとは編み込みにして品良く結い上げてもらった。ドレスが可愛らしいイエローのデザインの為、アクセントを付けるためにも髪飾りはルビーがいくつか入ったゴールドのバレッタを付けた。

 他にもドレスと一緒に、数センチ高めのヒールやアクセサリーも入っていたためそれも身につけた。

 実は、スティが出て行ってからの数ヶ月は、誰の目も気にしなくていいのだと腹筋をしたり、ヒールで転ばないように体幹を鍛えるためにバレエを取り入れたトレーニングを続けていたのだ。

 母に頼んで、ハイヒールを一足用意してもらってそれで転ばない練習をするくらいの徹底ぶりだ。

 この体は虚弱で、運動も苦手な体なせいも相まって筋肉があまりなくこれで踊るには少し体力が少な過ぎた。

 ここ最近は風邪をひくことも無くなったおかげで、こうやって少しずつ体を鍛えられるようになった。


「シャルティエ様、少しウエストが学園祭の時より細くなられました?」

「そ、そうかな?」

「なんと言いますか、引き締まったと申し上げた方が良いのでしょうか……」


 コルセットの締めつけの確認をしていたアリッサの反応に、私は心の中でガッツポーズをする。

 一通り装いの準備を終えると、昨日クリス様が帰り際に部屋で待つように言われていたことを思い出して、今一度靴の履き心地を確認して靴ズレの心配もない事に安心し、長い間履いていても痛くならないようにクッション性の高い中敷きが入っている抜かりなさと気遣いにまたにやけてしまう。

 しかしそんな顔を晒すわけにも行かず、化粧が崩れないように下唇を軽く噛んで我慢する。


「ふふふ、変な顔になっていますよ」

「んん……、見なかった事にして……」


 恥ずかしくなって、笑うアリッサに困り気味に告げると扉が叩かれた。

 アリッサが開けると、黒の燕尾服を纏い生地にはラメのようなキラキラとした素材を使われているようで、気品すら感じる装いに感嘆の息が漏れる。

 しかし、その当人は部屋に入るなり私の姿を見てぼんやりと溜息を吐いた。

 その瞬間一気に青ざめる。


 ――もしかして、似合わなかった?


 ちらりとアリッサに目配せをすると、やっぱり笑いながら大丈夫だと頷く。

 不安げに俯き気味にクリス様を見ると、ハッと慌てた様子で顔を逸らしたがすぐにこちらに近付いて来る。


「似合いすぎて、女神でも降りたのかと思った……」

「女神……!?」


 驚きで目を丸くしていると、ようやくこちらを見たクリス様が私の垂らした横髪にそっと触れる。そして挨拶のように唇を落とすと「外に出したくないな……」と小さく呟いた言葉に今度はこちらが顔を赤らめてしまった。もう傍からすると随分とよく見た展開だ。

 よくそんな歯の浮く台詞が出てくるものであると、恥ずかしい気持ちを押し殺してクリス様の肩に手を添えて見上げた。


「クリス様も黒の燕尾服、良くお似合いです。私にはグラムよりも王子様みたいに見え……ます……っ。あの、すみません……語彙力が……」


 負けじとなにか言わなければと口について言ってみたものの、語彙力の無さと月並みな言葉しか出てこず段々恥ずかしくなる。最後に限っては消え入りそうな声になり目を逸らすと、クリス様は私の胸元に顔をうずめて唸った。


「く、クリス様……?」

「もう、どうしてそんなに可愛いんだ……」


 ――打ちひしがれてる……。可愛いのはむしろ貴方ですよって言ったら不貞腐れるかな。


 あるいは可愛いの言い合いが始まってアリッサを困らせるだろうか。

 そんな事を考えていると、持ち直したクリス様にエスコートの手を差し出されてそれに応える。出際にアリッサに軽く礼を言って寮を後にした。




 聖夜祭の会場は、学園祭の時に後夜祭でダンスパーティーを行った馴染みある講堂で行われる。

 幸いな事に、この日に限っては雪も少なく、道すがらも全く寒くならなかった。おそらくは学園の結界内の温度を上げたとかその辺だろう。

 この現象にほかの生徒は、誰も疑問を抱かないあたりモブらしいと思ってしまう。

 今日はいつもより暖かいですわね、なんて言って話題にする程度だろう。想像するだけで滑稽で笑えてしまう。

 講堂に到着するなり、クリス様の完璧なエスコートで無事会場入りを果たし、学園では知れ渡った二人の入場に生徒達が私やクリス様の姿を見て顔を赤くする。


 ――変じゃない? 今日はいつもと髪型も違うし……、後夜祭の時は急いでいたから髪もそんなにいじれなかったし……。

 クリス様に恥をかかせないためにも練習通り姿勢よくしっかり歩き、周りに気圧されないように笑みを浮かべた。


「緊張してる?」

「もう、心臓が爆発しそうです」

「ははは、正直者だな」


 毅然とした態度で歩いていると、先に来ていたクルエラがこちらへと小走りでやって来て私の姿を見て目を輝かせた。その後ろから控えめに居心地悪そうにジャスティンも付いてきた。


「え!? これ、シャルなの!?」

「これって……」

「はぁ……、今日のシャルはとびきり本当に可愛い……人形にして持って帰りたい……剥製にしたい」

「ごめん、剥製は意味わからない」


 顔を赤らめながらジャスティンがとんでもない事を口走っているが、軽くツッコミだけ入れておく。すると、クルエラはクリス様になにか耳打ちをしていた。こちらには聞こえない。

 首を傾げて見ていると、私の前でクリス様に内緒話をしたクルエラは不味さに顔を引きつらせ、「ジャスティンいこう!」と言ってクリス様の肩をパンパンッと叩き、私に軽く手を振って去っていった。


「クルエラ、はしゃぎ過ぎ……」

「元気なのは良い事だ」


 何を言われたのか分からないが、楽しげに答えるクリス様に苦笑して先程の話題には触れないようにした。

 すると、講堂のステージに学園長が顔を出したようで途端に静かになる。


「皆、今年は色々と大変だったが無事に一年を終えようとしている。一年最後のイベントの聖夜の日、思い思いに過ごすといい。……長い話は苦手でね、これまでにしておくよ。――カーディナルに乾杯」


 〝カーディナルに乾杯〟――カーディナルと言うのは、かつてこの学園を創設された際のきっかけとなった人物なのだと前にクルエラ伝いに聞いた事がある。

 学園長の恩師でもあるそのカーディナルという人物は、現在はどこかに姿を消してしまったそうだが、聖夜の日に消えてしまったからというタイミングで華やかにパーティを行って生徒を巻き込んで明るく過ごすために聖夜祭というイベントを催したのだそうだ。

 学園長の乾杯の音頭が終えて、楽団の音楽が始まり皆が楽しく踊る。

 キラキラと眩いばかりの会場に、私もその中の人間の一人なのだと思うと少し楽しくなる。

 クリス様と一先ずお酒を一杯飲む事にして、給仕からグラスを受け取ってお互いチンッと音を立てて乾杯をすると一口含んで味を舌で堪能してから飲み込んだ。

 お酒は得意ではないが、一杯程度なら大丈夫そうだと笑みをこぼしていると、一人がこちらに近付いて来る。

 人の気配に振り返ると男子生徒一人、緊張気味にこちらへ手を差し出して熱い眼差しを向けられる。


「シャルティエ様、あの……よろしければ踊って……いただけませんか!」

「えっと……」


 名前も知らない生徒で、先日クリス様に踊るなと言われていた事を思い出してなんて返そうかと悩んでいると、私の前に庇うようにクリス様が立ちはだかった。


「クリス様……」

「すまない、彼女は僕が先約だ。別の機会にしてもらえないか」

「は、はい……」


 有無も言わせない笑顔ではっきりと告げると、男子生徒は落ち込み気味に一礼して去って行った。その背中がとても寂しげで、少しだけ可哀想に見えたが約束は約束なのだと胸に手を当てて言い聞かせる。

 すると、くるりと踵を返して私を見ると「約束を守ってくれているようで良かった」と指で私の頬を掠めるように撫でる。

 それがくすぐったくて目を細めると、周りの生徒は微笑ましげに笑ったのを私は気づかない。


「あの! シャルティエ様とクリストファー様はやはり」

「――そうだ、彼女は僕の婚約者だ」


 近くにいた女子生徒の集団が食い気味に尋ねると、それに臆する事なく〝婚約者〟である事を公言すれば周りはキャアッと湧き上がった。

 それぞれ「やっぱり!」だとか「私のクリストファー様がぁ……」などと落胆する言葉が聞こえて来て苦笑いを含ませながら肩を竦ませた。

 すると、突然腰に手を回されてそのまま引き寄せられ、こめかみにキスをした。


「だから、誰にも踊らせない」

「クリス様……!?」


 余りにも独占欲全開の言葉に私ですら顔を真っ赤にして声を荒らげてしまうのに、周りの女子達も悲鳴混じりに半数が失神した。なんてキザな事を言うんだとしどろもどろになりながらその手から逃れたくて身をよじるが全く動けない。

 そのままの状態で、輪を作って踊るカップル達の方へと連れて行かれてようやく解放されると、目の前で跪く。もう立て続けの展開に頭が追い付かない。

 スッと手を差し出して、上目遣い気味に見上げてくる。


 ――あー、かっこ良すぎる……無理。


「お姫様、踊って頂けますか?」


 まさかの〝お姫様扱い〟に頭が沸騰しそうな乙女心が刺激されて、ニヤケ顔を隠すために顔を俯きかけつつ、きちんと手を取って消え入りそうな声で「よろこんで……」と答えると立ち上がり手を取り合って華麗なステップで踊りだす。

 少女漫画のような展開にゆでダコ状態の私と、それをクスクスと笑いながらリードをするクリス様の光景が周りにはどう映っているのだろうなんて考えながら楽しく踊った。

 気付けば楽しくて二曲も踊ってしまい、「休憩しよう」と言われて自分が少し息を切らしている事に気づく。

 壁際に置かれたソファに腰を掛けると、クリス様は偶然通りがかった給仕に飲み物を持ってこさせた。

 お酒を何度も飲めない私のために水を用意して貰い、それを受け取るとゆっくり喉を通した。

 私の隣に立つクリス様は、壁にもたれ気味に気を抜くと目の前からグラムが現れた。


「こんばんは、座ったままでごめんなさい」

「いや、別にいい。今夜はどうせ無礼講だからな」

「やぁ、グラム。スティは元気にしてるか?」


 座ったまま見上げてグラムに挨拶をすると、笑みを浮かべて頷く。それに続いてクリス様の質問には「ピンピンしていて安定期に入ったから勉強に励んでいる」と返してくれた。

 きっと今頃は、私達に会っているグラムを羨ましく思っているだろうと笑いがこみ上げる反面、お腹が目立ってきていて動くのも少しずつ不便になって来ているのではないかと心配になる。


「グラム、ドレスは胸の下で切り返しになって締めつけのないお腹に負担にならない物を作ってあげると良いと思います。あと出来るだけ締め付ける服装にならない工夫を……」

「なるほど、そう言った物はあまり見た事がないな。帰ったらスティに提案してみる。ありがとう」


 Aラインのドレスは未だにこの世界で見た事がない。

 それに、この世界のベースはそもそも中世ヨーロッパみたいな世界に現代技術を所々導入しているものだ。もしかすると、妊婦に妊婦コルセットなる物を着せている可能性がある。


 ――それは、絵的にもお腹の子のためにもめちゃくちゃ可哀想……。


 近いうちに下着業界の発展に関与したいものだと、ぼんやりとそんなことを考えつつ、スティの妊婦姿も想像して早くも恋しくなってしまった。

 なんだかしんみりとしてしまい、ふと思った事をグラムに尋ねた。


「グラムは、誰かをエスコートされたのですか?」

「あぁ、スティに言われてクルエラをエスコートした」


 王太子が一人で入ってくるわけにも行かないだろうと想像していた為、学園長と入ってこれないクルエラとウィンウィンな状態で入場したのかと理解して安堵した。

 しかし、そんな事を考えていると周りがさらに賑やかになった。

 何事だと私やクリス様、そしてグラムですらもその騒ぎになっている方を座ったまま背を伸ばして見る。

 すると、クルエラがふらりと一人で外へと出て行き、その後を追うのは黒髪の男子生徒らしき人物だった。


「あれは……クロウディア?」


 もし彼女が男装していてここに参加しているのだとしたら納得だと、これ以上首を突っ込まないように目を逸らした。




2019/08/30 校正+加筆

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