第74話
「シャルティエ様……! 帰りが遅いので心配いたしました……」
「アリッサ、ごめんなさい。急ぎお願いします」
一旦寮へ戻ると、アリッサが今か今かと待ち構えていた。
謝罪もそこそこに急ぎ支度をして貰うと、ギリギリ後夜祭に間に合うスピードで行ってもらう事ができた。流石は敏腕侍女である。
支度が終わった頃に、部屋まで正装をしたクリス様が、わざわざエスコートをするために迎えに来てくれた。
父が用意してくれたドレスは、ピンクでフリルが沢山付いた豪華なものだ。
しかし、ピンクのドレスなのに子供っぽさがなく、細かな刺繍のされたレースが重ねられて上品に見える。
髪は、あまり時間がなかった為、ポニーテールからハーフアップに簡単にまとめる程度にしてもらった為、制服からドレスに着替えただけのような状態に「まぁ、いいか」と言うとアリッサが少し不服そうにしていた。
そんな私の姿を見て、宝物でも見つめるかのように微笑む。
そして、「よく似合うよ」と言って大切そうに額にちゅっと音を立てて口づけを落とした。
私は照れくさくて、にこりと笑って気恥ずかしい気持ちを誤魔化す。
「シャルのパーティードレス姿は、何年ぶりだろう」
「さっきのドレスをカウントしなければ最後に会った日は私がまともに取り合おうとしませんでしたからね」
肘を曲げて、腕を差し出すクリス様に応じるように私は手を置いてアリッサにお礼を告げてからダンスパーティー会場へと向かった。
皆は先に会場に来て居て、クルエラは流石に学園長のエスコートは頼めなかったようだが、ジャスティンと二人で仲良く来たそうだ。
中へと入ると、私の到着を待っていたかのように会場は静かになった。
「え……?」
「皆、シャルを待ってたんだよ」
こちらに近寄ってきたクルエラが、愛嬌のある笑みでそう教えてくれた。
実行委員長はクルエラじゃないかと言いかけた時、周りは私に拍手を送ってきた。
「あの……」
「実行副委員長が来たぞ!」
「お疲れ様でした! 本当に、充実した学園祭でした!」
口々に私を賞賛する言葉と感謝の言葉が送られて、私はクリス様に腰に手を回され支えられながら呆然とする。
そして、そのまま連れられて講堂のステージに上げられた。
今日何度目だろうかここに立つのはと、呑気なことを考えながらクリス様を見上げた。
「あの……これはどういう事ですか?」
「シャルが、沢山頑張った事を皆が賞賛したいんだって聞かないから、じゃあ乾杯の音頭はシャルに頼もうって」
「そんな土壇場で……!」
クリス様と反対隣に立つクルエラは、私の手をとって前を見た。
クリス様は私から離れて一歩下がり、グラム、スティ、ジャスティン……それから生徒会役員と実行委員の面々が全員並んだ。
そして、クルエラが一礼する。
「……皆さん、とても楽しんでくれたようで私も嬉しかったです。これが、学園生活の思い出の一つになると嬉しいです。そして……、この実行委員会を考えた発案者は彼女、シャルティエです」
クルエラは一歩前に出て私を紹介すると、おぉっ……と周りが驚きの声で満ち足りる。
きっと、クルエラが委員長だったから皆彼女が発案だと思って以外に思ったのだろう。
別に、この事実をそれを知って貰いたいとは思わないのだが、こうやって頑張ってきたことを褒められるのは素直に嬉しい。
学園祭の締めくくりに、挨拶をするために呼ばれたのだからと私も一歩前に出た。
すると皆は私に注目する。
私はこういうのが苦手なのだが、こうなるとやらざるを得ない。
とりあえず笑顔を作り、軽く礼をする。
「……あの、まさか私まで喋る事になるとは思いませんで、まだ何を喋ればいいか……。あぁ、でも学園祭がとても良い思い出になったと言っていただけて、企画して本当に良かったと感じます。とても誇らしいです。来年もその次もこういう事をしていけたらと考えておりますので、学園長先生と掛け合う予定です」
とりあえず当たり障りのない話をして下がると、グラムが前に立った。
「今回の実行委員会のおかげで、生徒会は随分と助けられた。我々も学園長に掛け合って今後も実行委員会の存続を相談しようと思うから、興味があれば来年も頼む」
するとわあああと湧き上がって拍手や口笛が響いた。
「では、学園祭お疲れ様でした! 乾杯!」
「乾杯!!」
私の乾杯の音頭でパーティーは始まり、国王陛下から用意してもらった料理人や楽団のおもてなしを楽しんで貰う事になった。
クリス様は女子生徒に呼び出されてどこかへと行ってしまい、もしかすると告白か何かだろうかと見に行くのも野暮だと敢えて止めないで見送ると、少しだけ機嫌が悪そうに見えた為、「後で踊ってくださいね」とお願いすると、機嫌を良くしてくれた。
「……ねえ、行かせて良かったの?」
「んー?」
クリス様が見えなくなり、私は壁の花になるとそれを見つけたスティがさり気なくグラムと一緒に近寄ってくる。
そして、私の両脇を確保するかのように二人に挟まれた。
私がおどおどと二人を交差で見ると、グラムは周りをちらりと見ては私の様子を伺っているようだ。
しかし、口には出さずにスティが私に聞いてくる。
「お兄様、多分告白されに行ったわよ」
「うん、知ってるよ」
「だから、行かせて本当に良かったの?」
よくある質問に対して、私は首を傾げて問い返せば、予想外だったのかきょとんとして本当に大丈夫かと言いたげに怪訝な表情をされた。
浮気を許容するのかとでも思われているのかもしれない。
「だって、婚約者がいるのに告白受けるのかな……?」
「え? いいえ、お兄様に限ってそれはないと思うけれど……」
「そうでしょ?」
「クリスは、もしかすると受けるかも知れないな」
「えっ!?」
先程まで周りを見ていたグラムが、意地悪く笑いながら見下ろしてくる。
予想外な事を言われて目を見開いて見上げると、それ以上は何も言わずに手に持っていたグラスに入った酒を口に含んだ。
どういう事だと詰め寄りたいが、それよりもクリス様を探すべきかと考えた所でグラムの方便だと気付いて強めに睨みつける。
こちらの視線に気付いて目が合うと、面白げに目が細められる。
反対側のスティはと言うと、私に嫉妬して欲しかったようで困り顔で笑っていた。
「私が余裕なくなったら、これからの学園生活でいちいちやきもきしなければいけなくなるじゃないですか」
「ほぉ……、もしクリスがシャルに嫉妬して欲しいとしたら?」
「そういう事を望まれても……」
「じゃあ、あそこで踊ってるのを見てもそう言えるのか?」
「え……うそっ!?」
ダンスをする中心で輪を作って踊るカップル達に混じってクリス様が、先程声をかけに来た女子と手を取って踊っていた。
それを見ただけで、胸の中がモヤモヤとして手に持っていたグラスを持つ力が強くなり、ミシッと嫌な音がした。
「シャル……」
「わ、私はなんとも……!」
「ほら、良いのか?」
「っ~~!」
――良いわけがないでしょ! いや、最初に踊る相手になれなかった事が嫌なわけではない、そんな事どうでもいい! せめて踊って欲しいとかそんな理由で頼まれただけだろうし! 妬いてない! 絶対にI!
胸に手を当てて深呼吸すると、笑顔を貼り付けてグラスに入ったソフトドリンクをクイッと飲むと、そこを歩いていた給仕にグラスを預ける。
すると、持っていた所が割れてトレイの上で倒れた。
余程強い力が入ってしまったようだが、それは見なかった事にした。
その光景だけで満足したのか、グラムは楽しそうに笑い、スティと目を合わせた。
「ほら、戻ってきたぞ」
「お待たせ――って、グラムとスティも居たのか」
「お前の嫁がご立腹だぞ」
「嫁……?」
笑顔を貼り付ける事に必死すぎて私は聞こえていないが、何か二人は会話をしてクリス様は驚いて私の前に立った。
相変わらず笑顔を維持したまま首を傾げると、肩をガシッと掴まれた。
それで完全に我に返って破顔した。
「く、クリスさ――」
「……少しは嫉妬した?」
あまりに率直な事を聞かれて頑張って貼り付けていた笑顔が剥がれて間抜け過ぎる程のぽかんとした顔をしてしまう。
だからと言って、淑女が口を開けたままはどうかと思うくらいには冷静な心が戻り、きゅっと引き結ぶと、耳元まで顔を近づけてくる。
「え……?」
「あまり可愛い顔をされると、キスしたくなるな……」
――うわああああああ、なんて事だ! 反則すぎる!!
かぁっと顔が熱くなる。
化粧である程度は緩和されているかもしれないが、それでも赤い顔を見られないように俯く。
「グラム、スティ。シャルの事、見ててくれてありがとう」
そう言い残すと、手を掴まれてそのまま引かれるまま踊り場まで連れて行かれた。
「僕と、踊ってもらえますか? ――シャル」
目の前で周りの視線が集中する中、胸に手を当てて恭しく礼をしながら首を傾げてこちらを見た。
その姿が、グラムよりも王子様みを醸し出していて、伯爵である事を忘れるほどに格好良く見えた。
――と、尊い……!
心の中で合掌するしかなかった。
「……はい!」
眩いばかりの笑みで誘われるがまま、気のいい返事をしてその差し出された手を取って片方の手は背に手が回った。
華麗なステップで、完璧なリードも手伝ってか周りがこちらを見るくらいにはそこそこ上手く踊れているのではないかと思う。
「シャルと踊るのは初めてだな」
「……そうですね。記念すべき一回目が、ここである意味良かったかもしれません」
「そう? 僕はもっと前から君と踊りたかったんだけど」
「それは本当にすみません」
お互い茶化し合いながら楽しげに話をすると、あっという間に一曲踊り終えた。
一旦、踊りの輪から外れると、そのまま手を引かれて講堂の外まで連れ出された。
2019/08/27 校正+加筆
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