第57話
生徒会室で大人しく作業するように言われてから数日後、グラムとクリス様の監視の下で大人しくクルエラが持って来る書類の山や、追加で申請された予算の計算し直しやらで事務作業ばかりをしていた。
隣には、しっかりと見張りのスティも居て逃げ場がない。
「クルエラ、大丈夫でしょうか……」
「シャルは随分と心配性だな。大丈夫、何か困った事があれば相談してくると思う」
「ちょっと、頭撫でないで下さい……!」
ボールペンを片手に、正面から私の頭をポンポンと撫でる大きな手に恥ずかしくて首をブンブンと振って拒否する。
しかし、知ったことかと言わんばかりに容赦なく撫でてくるからさらに恥ずかしい。
「お兄様、折角シャルと事実上だけでなく婚約者になったとは言え、学園内では節度を守って欲しいわ! 私だって……」
「スティは、いつも一緒?」
「そうだけど……!」
突然、人を板挟みにして兄妹喧嘩を始めるシュトアール兄妹に耳を塞いで聞かなかった事にし、書類をパッパッと手早く処理していく。
やる気がないだけで、これだけ時間がかかるのだ。
しかし、自分で現場に行けないとなると、これしかやる事がない。
しかも、私にしか分からない事もあるから、のこのこ帰るわけにもいかないから困ったものだ。
未だに言い合いをするこの二人を、どうにかして欲しいとグラムに助けを求めたが――目を逸らした。
しかし、それを私が許さない。
「グラム、助けて下さい。王太子でしょう? 民の諍いを沈静化させるのも殿下の務めですよ」
「勘弁してくれ。それから殿下はやめろ」
口をへの字にして抗議をすると、あっさりと拒否された。
どうにも、彼は幼馴染メンバーに〝殿下〟呼ばわりされるのが嫌らしい。
そして、彼もシュトアール兄妹には勝てないのだ。
何が強いって、この二人はそういう家系なのか口喧嘩に関しては一枚上手なのだ。
私も抵抗するのに一苦労な程に。
「だいたい、お兄様はシャルを甘やかし過ぎで――」
「はいはい! 二人共止めてくださいー!」
頭上で口論が続くのが耐えられず、間に割って入り、声を張り上げて止めた
結局は、私が身を呈して止めに入ってこうなる。
二人が兄妹喧嘩を始めると、私が止める。
そして――
「……二人して、頭撫でないで下さい」
「シャルの頭って撫でてると和むのよね」
「可愛い可愛い」
シャルティエの記憶だが、幼い頃に遊んだ時兄妹喧嘩に割って入る彼女を見て二人は頭を良く撫でていた。
まるで犬や猫を愛でるかのような扱いと、それに重ねて可愛いと言われても、あまり嬉しくならずあからさまに不服を示すが効果がない。
ただ、二人が言い合うよりは幾分いいと思うのだった。
大人しく頭を撫でられていると、扉を叩く音に全員が集中する。
「……どうぞ」
「失礼します! 服飾部の部長、ハーレイヤと申します」
私が腑に落ちない感情のまま不機嫌そうに返事をすると、扉を開けるなり入って来たのは蜂蜜色の美人な貴族制服の女子生徒だった。
しかも、涙目で瞳が充血しているように見える。
「服飾部が生徒会に何か?」
「実は……エストアール様かシャルティエ様、あと……グランツ様かクリストファー様にお願いがありまして! 我が部をお助け下さい!」
小走りで近寄ってくるなり、スティの手を握って救いを求めるように見つめるハーレイヤに誰もが呆気にとられた。
詳しく話を聞くと、服飾部は学園祭の四日間行われる間の、二日目に講堂で流行のドレスを製作してそれを着てファッションショーを行うためのモデルに欠員が出たらしい。
そのモデルが男女でひと組らしく、学園のトップカップルと呼ばれているグラムとスティが最初に名が挙がったのだそうだ。
しかし、断られる事を想定して、最近学園中で噂になってしまったクリス様と私の二人も選抜されたのだそうだ。
「これ、全員が拒否したら……?」
「メインイベントが無くなるので……ファッションショーは、中止になりますね……」
がっくりと肩を落として、ぽろぽろと涙を流すハーレイヤを見ていると可哀想になってくる。
ただ、私はだけは彼女の作戦だろうなとわかっていたが面白そうだったため、敢えて黙って見ていた。
「でも、私腕自慢大会で景品として舞台に上がる予定もあるし、ミスコンの集計も担当してるからあまりいろんな所に参加するわけには……」
「僕も、シャルが出られないなら意味がないから仕方ない」
先手を打って断りを入れると、私はスティ達を見る。
断れる空気が絶たれた状態で、彼女達はどうするのだろうかと見ていたが、ハーレイヤの様子を見ては流石に断れなかったようで、一度スティはグラムと目を合わせた後、渋々頷いた。
「仕方ないわね……、グランツ様も多忙な方だからあまり協力的にはなれないわよ」
「構いません! 採寸だけ失礼します!」
そう言ってメジャーをポケットから取り出すと、早速おおまかにスティ達を手早く採寸してそそくさと出て行った。
まるで嵐のような速さに呆然としていると、グラムの深い溜息だけが生徒会室に響くのだった。
その後、私は腕自慢大会の参加者選抜の為にオーディションを行ったり、時折私でないと分からないような物は、誰かの付き添いで一緒に付き合ってもらう事になりはしたが、それが良かったのかとくに危険な目に遭う事もなかった。
たまに偶然を装ってクロウディアが顔を出して来たが、彼女――彼も何かと忙しいようで、前ほど私に絡んで来なくなった。
それはそれで少し寂しい。
「クリス様が、クロウディアにまで嫉妬するから素っ気なくなっちゃったじゃないですか」
「あはは、……でも好きな子が他の男に絡まれているのは、正直見ていられなかったから許して欲しい」
「クリス様……」
放課後で、最後のチャイムが鳴る前に寮へ帰ろうとクリス様と二人で廊下を歩いていると、さり気なく甘い言葉をついてそのまま綺麗な顔が近付いて来る。
丸め込まれた感じが否めないが、こんな言葉言われて嫌な気分になる女は居ないだろう。
人目が気になって周りを見渡すが、人の気配がしない事を確認してから目を閉じてそれを受け入れる。
軽く触れる程度だが、一度離れた後、また名残惜しいのか何度も啄むような口付けが続く。
「んっ……」
「シャル、本当はファッションショー参加したかったんじゃないのか?」
「へ!? ……い、いいえ?」
図星だったが、多忙なのは間違いないため参加は出来ないし肯定するのも恥ずかしくて、目を逸らして誤魔化す。
クリス様にはお見通しだったようで、面白そうに笑って私から顔を離してまた歩き出す。
「シャルのドレス姿は、後夜祭のダンスパーティーまでおあずけだな」
「馬子にも衣装になってしまうだけですよ」
「はぁ、君はあまり分かっていないな……」
「……え?」
最後ぼそりと呟いた言葉が聞き取れず、背の高い彼を見上げて問いかけてみるが、綺麗な笑顔で「何でもない」とだけ言って肩に手を回され、そのままゆっくりとした歩調で歩いて寮まで送って貰った。
2019/08/24 校正+加筆
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