ベルンリア領で夏期休暇編
第40話
「……どうしたの?」
私はまだ学園長室で、可愛い美少女に両手を掴まれて動けないでいた。
まさに両手に花の状態だ。
もしや、学園長がまだ用件あるのかと見やるが、肩を竦めて『自分は知らない』と表現して立ち上がり、自分のデスク側の椅子に腰を落とした。
再び二人の方に視線を戻すと、二人は目を輝かせてこちらを見ていた。
「あぁ、そういえば貴女の名前なんていうの?」
黒の少女は、その質問にきょとんとしてから、ちらりと学園長の方を見て許可を取るようなアイコンタクトをする。
それに対して頷いて返した後、嬉しそうに目をぱっちりと開いて口を開いた。
「私(わたくし)は、貴女の監視をすることを命じられているカラスのクロウディアと申します」
「へ? 監視?」
クロウディアと名乗る少女の言葉に、今度は私がきょとんとして聞き返してしまうが、これは無理も無いだろう。
『ずっと見ていた』と聞いてはいたが、自己紹介に突然私を監視するように命じられているなんて言い出すものだから普通に驚く。
言われるままにあえて流されて「よ、よろしくね……」と返すと、花が咲いたように嬉しそうな顔をするから、もう何でもいいと思ってしまった。
「そういえば、私の先日の頭痛を取り除いてくれたのは、つまるところ学園長先生の魔法という事なんですね」
「あぁ、面白いものを見せてもらったお礼だ」
「……面白いもの?」
何かやっただろうかと怪訝そうに見つめ返す。
「シャルティエ君の姿で、あそこまで激怒した所は初めて見たからね。休日以外はここから出られなくて退屈なんだ」
これは私の勘だが、嘘だろう。
秘密を守るのも魔法使いは大変そうだと同情して、今はあえてそれ以上追及しなかった。
もしかすると私の頭がパンクすると、気遣ってくれての事かもしれない。
それで、未だに離れてくれない二人の目的はなんだろうと見下ろす。
「何でしょうかお姫様がた」
「シャル、思いつめたりしていない? 大丈夫?」
「むしろすっきりしてるよ、ありがとう」
「シャルティエ様、私が困った時は全てお任せ下さい。必ず尽くしますから」
「え、いや、いいです……」
「えっ!?」
淡々と質問に答えると、ようやく手を離してくれて自由の身になった。
クロウディアは、もしかするとストーカーキャラに近いかもしれない。
今後は新たなシャルティエとして生きていかなければならない、そして自らの力でクリス様と結ばれる事の出来なかった事を心から不憫に感じてしまい、自分がクリス様と相思相愛になって良い物なのかが新しい悩みの種になってしまった。
ーーシャルティエが好きでここまでやった人を、私が奪って良いものだろうか。
やはり、全て思い出してからクリス様と向き合わなければいけないのだろうと考える。
きっと、シャルティエの記憶を取り戻したら彼女の気持ちも分かるだろう。
クロウディアは、学園長の使い魔のためその場で解散し、その後クルエラに付き合って貰いながら、何か思い出せないか学園中を歩き回ってから寮へと戻った。
しかし、少し困った事になった。
先程聞いた私の事を話さなければならないのだが、スティやグラム、そしてクリス様と話す場を設ける事が出来ずじまいになったのだ。
ーーしまった。帰り支度のせいで、話すタイミングを失った!
私が学園長に呼び出された事を知っているスティですら、私から話すのを待っているようで向こうからは聞いてこなかった。
悪いなと思いながらも、彼女達がベルンリア領に来る事が確定したと知った為、その時にでも話そうとそれとなく伝えると、猫っぽい釣り目が少し垂れたような気がした。
彼女も沢山心配してくれたのだろう。
いつだって、私の側に居てくれたから私も頑張れたのだ。
私も彼女の取り巻きは止めて、新しいシャルティエ・フェリチタとして、一人の女子として生活が出来ると良いなと小さい声で言うと「貴女はあの時からずっと個人として行動していたじゃない」と苦笑されてしまった。
それが私の中で納得のいかない部分もあって、それを悟った彼女は直ぐに「貴女は取り巻きでもなければ親衛隊でもない、私の大切な親友なのよ」と言われて歓喜のあまりに泣き崩れてしまった。
シャルティエの残りの記憶を尊重して取り巻きをしているつもりだったから、それをする必要が無くなったのかと思うと何故かホッとしてしまったのだった。
まぁ、それでもほとんど取り巻いていなかったんだけどね。
シャルティエの事を知った日から二日後、帰省のためにと父が用意してくれた迎えの馬車を待たせて、私は見送りに来てくれたクルエラ、スティ、グラム、クリス様の前に立った。
馬車の上には、カラス姿のクロウディアが乗っている。
護衛兼ねて付き添いで来るらしいが、あんなに可愛い女の子が護衛になるとは到底思えなかった。
――学園長の使い魔じゃないのか、良いのかそれで。
トランクに詰めた荷物をクリス様がわざわざ持ってくれて、馬車の中に積んでくれた。
「クリス様、ありがとうございます」
「これくらい、男にやらせてくれ。気にしなくていいから」
にこりと笑って、私のストロベリーブロンドの髪を撫でて目を細めて見つめてくる。
今日は帰省という事もあり、薄紅色のシンプルなワンピースに、縁にフリルが付いた大きな襟のスタンドカラーがついている。胸元には赤いリボンを結んである物を選んだ。いや、選んでもらった。
そもそもシャルティエは持っている服が少なかったのだ。普段着が部屋着のアイボリーのワンピースに、外出用のワンピースが二着しかなかった。
それのうちの一着がこれだ。
せっかく帰るのだからと、スティが二択のうちから選んでくれたから自信持とうと思う。
髪も普段はストレートに毛先だけ強めのワンカールだが、横髪を流して、残りの髪でふたつの三つ編みを編んで貰った。
コーディネートを全てスティが張り切っているから任せてしまったが、大人しめな髪型にしてくれてちょっとホッとした。
「いつもと違うシャルにドキッとした。なんだか寂しいな……」
「お手紙書きますから……」
「グラム達とそっちに行けたら良いんだけど、生憎仕事が溜まってて本当に残念だ……」
「そう言ってくれるだけ嬉しいです」
レッドベリルの瞳を細めて見つめ返すと、外野で見ていた皆が口元を緩めて見守っていたのを見なかった事にした。
そうじゃないと恥ずかしくて、顔を赤くしそうだったから。
しばらく会えなくなると考えると寂しくなるが、一ヶ月もしないうちに私は戻って来るだろうし、そしたら頑張れば馬車で少しの距離だから会いにだって行ける。
そう言い聞かせて、名残惜しさを堪えて軽く挨拶を済ませ、馬車に乗り込んだ。
出発してみんなが見えなくなるまでずっと窓から覗き込んでいると、カラスのクロウディアがバサバサと中に入れて欲しいと訴えてきた為、横にスライドして開くタイプの窓を開けて中へと入れてやる。
向かいの席に止まると、光を放ち先日の黒い少女の姿に変えてポスッと座った。
「御者さんに見つかったら腰を抜かしちゃうよ」
「良いんですよ。すぐカラスに戻れますから」
「カラスが馬車に乗ってたら、それこそびっくりするでしょ」
先日会った時は制服だったが、今日はおめかししているようでモスグリーンとアイボリーのストライプに散りばめられた小花柄模様が可愛いワンピースを着ていて、とにかくとても可愛い。
髪も瞳も黒だが、髪も巻いているのかふわふわで可愛らしい。
美少女はなんでも似合う。
この子がカラスじゃなかったら、学園でモテすぎて大変な事になっていたんじゃないかと思う程だ。
「シャルティエ様、二日程でベルンリア領に到着するらしいのでそれまで私が話し相手をしますわ」
「ありがとう、クロウディア」
私が転生して初めての長旅がクロウディアと共に始まったが、直ぐに乗り物酔いで気分の落ちた私は、彼女の膝枕で休んだりとほぼ介護されただけなのだった。
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