第39話
「私は魔法使いだ」
はっきりとそう言い放つ学園長は、優美そうな笑みを浮かべて私を見下ろして口元を綻ばせた。
その隣に立つ、もとはカラスの姿だった髪も瞳も真っ黒な少女もにこやかに微笑を浮かべて私の姿をジッと見つめたかと思うと、そのまま私の側で歩み寄りゆっくりと膝を付いた。
「な、なんですか……!?」
突然の行為に目を瞠りと問うが、何も言わずに私の手を取って恍惚の笑みを浮かべる。
こんなに可愛くて綺麗な美少女に跪かれるような事は滅多にないが、居心地の悪さから「手を離すか立つかどっちかにして下さい」と言うと、どこか嬉しそうに笑って手を握ったまま立ち上がった。
――手は離すつもりはないのだろうか……。
「彼女は私の使い魔だが、ここ最近は君の事を見ていたんだよ――厳密には、君になってからだけど……」
「学園長先生は、この事を何かご存知なのですか?」
「もちろん、私も関わっていたからね。君は前世の記憶が色濃くあると思うが、それは紛れもなく、私が君の魂をシャルティエの体に送り込んだからだ」
つまり私が転生したのは彼の手管だったと言う事が分かり、今まで分からなかった事が今まさに消化されそうだと一度腰を上げて再び座り直した。
すると、学園長は私と向かい合うように座る。
黒の少女は、未だに私の手を握っているが、話を聞いてくれなさそうだと判断して無視する事にした。
「初めから説明しよう。この世界はおそらく君達にとっては物語のような物だったと思う。しかし、こちらでは独立してしまって、その人物各々が独自に動くようになった。つまり、これも現実世界なんだ。そこは理解しているようだね」
「はい……」
「そこで、クルエラ君とのやり取りで、きっと君は彼等がこの世界の一年を何度も繰り返している事を知ったようだけど、君が転生する前までに、シャルティエ君は――十七周している」
「……へっ!?」
クルエラよりも、一回多く逆行しているとはどういう事だと詰め寄りたいが一度気持ちを落ち着ける。
突拍子もない事が続いたにもかかわらず、まだ私は自分の置かれた事に困惑し続けている。
穏やかな声色で、分かりやすく説明する学園長の表情も少し陰を差した。
「全ての始まりは、シャルティエ君に彼女がカラスに変わる所を見られてしまってね、それを口止めするのに一つ願いを叶える事を交渉に使ったのだが……。最初は彼女に頼まれて、シュトアール伯爵――いやシュトアール君でいいか。彼と恋人になることが目的で、この世界の時間を戻すように頼まれたんだ」
「……しかし、要求に反して内気な彼女はなかなか行動に移せず、不憫に思ったケヴィン様は何度もそれの手伝いをしました」
続けるように、黒の少女が目の前で表情を消して言い放つと、それで周回が始まったのかと納得した。
やっぱり居心地が悪いから隣に座って貰おうと、スペースを空けるとそこにストンと座って今度は指を絡めてきた。その手はとても氷のように冷たい。
話を戻すと、本来原作と呼ぶべきか、それはそもそもシャルティエはクリストファーと結ばれる運命がなかったという事になる。
――私のプレイした物は既に独立したバージョンのゲームをやっていたという事か……。
だから、その内容が異質だと気付いたに違いない。
実際はどこからの話をプレイしたのかなんて想像もつかないが、シャルティエの陰ながらの奮闘も十七回も続いた結果、世界が歪んだという事だ。
「じゃあループの原因はクルエラではなく……」
「君だと言うと……、語弊があるから言い換えると、君の元の体の持ち主だ」
――じゃあ、私はシャルティエでもないって事?
死んで気付いたらこの世界に居たような感覚は、転生では無く〝成り代わり〟ということになってしまう。
この世界は、普通のラノベとは違っておかしな事になっている。
普通に転生するだけではダメだったのだろうか……教えて偉い人。
私は、シャルティエの偽物としてこれから生きていくのだろうか。
急に不安が押し寄せてきて、縋る先もない私はスカートを握り締めた。
それを見て、黒の少女は私の手を握る力を強めてくれた。
それが不思議と安心して、少しだけ心穏やかにさせた。
「……ありがとう」
「それじゃあ、細かな話をさせてもらうよ」
「お願いします」
学園長の話は全て包み隠さない物だった。
先ず、シャルティエは幼い頃は元気いっぱいの少女だったと言う。
しかし、学園生活が始まってからは、それはもう大人しくなり、その原因はどうやら初期のエストアールの悪役令嬢ぶりに恐れて自主的な行動自体を遠慮していたそうだ。
そのうち怯えてビクビクと生活しているうちに、三年生で幼馴染で想い人のクリストファーが卒業してしまったのだと言う。
ずっと片想いをしていたシャルティエは、彼らの卒業式の日に、偶然にも黒の少女がカラスに変わるところに遭遇してしまい正体がバレてしまったため、学園長が口止めに願いを聞くと約束し、それに一年のやり直しを要求したのだと言う。
しかし、シャルティエの臆病がたたって最初の一年はそもそもクリストファーと関わることもままならなかった。
エストアールの行動が、あまりにも派手でそれを擁護するクリストファーに関わろうなんて難しく思っていたのだ。
学園長は、それを知らずに上手く行かない度にシャルティエの思惑でわざと黒の少女を探しては正体を見破り、学園長に願いを求め、要求されるまま一年また一年と繰り返すことを手助けしたのだという。
それが、シャルティエの魂を代償に削っていることを知らず……。
「魔法って無限じゃないんですね。やっぱり、上限ってあるものなんですね」
「ははは、そりゃそうだ。それに時間を戻したりすると、それを要求した人間への負担もそれなりに大きい」
それに気付いたのは、五周目を過ぎた頃の学園長だった。
五周目の学園長がとうとう重ねた周回に気付き、魂を代償にしている事実はすぐ伝えられたが、シャルティエ自身はそれを了承してまた続けた。
魔女や‘魔法使いは希少な存在で、出来るだけ人に知られてはならないと言うのは物語でもよく聞く話だ。
一番の誤算だったのが、クルエラだった。
毎回行動が変わる上、クリストファーと結ばれた日には発狂をしたのだという
薄々気づいていたのだという、彼女が二周目から異変に気付いていた事に。
――メインヒロインだから、魔力に干渉しなかったとかそういう事かな。
シャルティエは、十五回目で悟った。
自分の魂が残り少なくなり、限界が来ていて消えかけていると言う事を。
学園長は、シャルティエの無くなりかけの魂を大事にしろと諭した。
しかし、それを聞き入れず、最後まで繰り返し諦めず希望を捨てなかったが、とうとう十七回目の、あの断罪の日に魂が消え失せた。
学園長は、あの断罪の時という、まさかの最悪のタイミングで魂が消失したシャルティエの体に急遽、この世界に思い入れのある無念な死を遂げた人間の魂を手当り次第探して見つけたのが……。
――確かに、放置したら死体が転がるようなものだから、断罪以上の事件になるもんね……。
「それが〝私〟だった、と……」
「そうだ、君の中の前世とシャルティエ君の記憶が曖昧なのは、シャルティエ君の魂が抜けているからだ。微かに残ったのはシャルティエ君の残留思念のようなものだ」
「……シャルティエの記憶は、戻らないのですか?」
「記憶は魂が覚えるものでは無い、君が会話をしているうちに思い出すものだったり、同じ経験をすれば思い出す事もあるだろう。印象の強い場所に行くと蘇って来たりもする。そんな経験、最近無かったかな?」
そういえば、グラムと二人で話した時に幼い頃の話が出来たりした。
どうやらどんな状態だったとしても〝転生〟で〝成り代わり〟には違いなさそうだ。ややこしい事をしてくれたものだ。
ひとしきり考えが纏まって来た頃、隣に座る黒の少女を見た。
「シャルティエと私のの事を、ずっと見ていたの?」
「はい……とは言っても、昔に一度助けていただいた程度でご本人には覚えていて頂けませんでしたが……」
「……そう、私もその話は思い出せないからきっとそのうち思い出すと思う」
「はい、それまでお待ちしておりますわ」
柔らかく微笑む黒の少女は美しく、嬉しそうに体を弾ませた瞬間、艷やかな黒髪を揺らした。
女の私でも見惚れてしまうほどの美貌に、これがカラスとは到底思えない程だった。
「学園長先生、私に恩と詫びがあると言うのは……」
「恩は、クルエラ君の事だ。私も、彼女にもとより惹かれていたんだよ。そのチャンスが今回ようやく来たんだ。君のおかげでね……」
なるほど、完全に偶然だったが、それでも学園長にもチャンス舞い込んできたのは結果オーライだっただろう。
ただ、納得のいかないことが一つあった。
「じゃあ、私頑張って学園祭実行委員を立ち上げなくてよかったんじゃないですか……」
「でも、君がここに来てから随分学園の雰囲気が変わったよ。フリューゲルス君とシュトアール君……あぁ、妹の方だがね。あの一件から、スリルのある学園になって明るくなった気がする。生徒達も人間らしさが出てきたというか」
「それも恩に入るのですね」
「そうだ、それと詫びは君にだね。もちろん君も、強引に魂を使わせて貰うことを承諾もなしに行ったのは悪い事をしたと思っている――すまない」
深々と頭を下げる学園長に慌てて「それは大丈夫です」と笑みを返すと、激怒でもされると思ったのかホッとした表情で嬉しそうに顔を上げてくれた。
この人は、笑うとあどけなさが出て来てちょっとときめき的な意味で困る。
クルエラもそういう所に惹かれたのだろう。
彼ならクルエラを任せて大丈夫だと確信した。
「私も急に死ぬとは思わなくて、まだ何かできる事があるならと張り切っていたんですけど、もう頑張りどころが無くなってしまいましたね……」
周回も、今年で終わる。
もうそれを要求する者はいない。
――進級が確定したんだから、頑張ってこの世界を変える必要もなくなったんだ……。
それだけで脱力して、ソファに垂れかかる。
もうはしたないとか関係ない。
私は、シャルティエであってシャルティエにあらずだ。
また頭の中で、ゆっくり整理をしながら考えて行く。
混乱してふさぎ込むような質ではないから、早くこのことを消化して行きたい。
そんな時、外から声が響いた。
「そんな……事ない!」
聞き覚えのある声に驚いて、入り口の扉に視線を向けると、クルエラが立っていた。
走ってきたのか、額に汗をにじませながら肩で息をしている。
まるで先程までの私のようだ。
「――シャル! 委員会はまだ終わってないんだよ!? ちゃんと最後まで副委員長やって!」
「……クルエラ」
叫びながらこちらに小走りでやってきて、そして私に抱きついてくる。
そして見上げて懇願するように言う姿は、まさにおねだりだ。
涙目がさらに私の胸を締め付ける。
可愛い事この上ない姿にぐっと押し黙った。そういう事は学園長にしてくれ。
「……クルエラったら、私の扱い上手くなったね」
「だってもう親友でしょ? 私は、今のシャルが大事だよ!」
落ち着かない心にスッと入って来るヒロインパワーに、すっかり頭が上がらなくなった。
未だに抱きついたまま動かないクルエラの背中に、こちらも手を回して抱き合いながら学園長の方を見ると苦笑されてしまい、こちらも申し訳無さそうな顔を返しておいた。
私の後ろで、メラメラと嫉妬のオーラを放ちながら睨みつけられているのは全く気が付かなかった。
「シャルティエ君には、彼女が消えてしまった場合の話を事前にしてあるんだ」
「……と、言いますと?」
「この最後の周回で、シャルティエ君と一度話をしたんだ。魂が抜けて別の人間の魂を入れると恐らく記憶が飛んでしまうだろうという話をしていて、この一年のうちに君が記憶を全て思い出す日が来るだろうからと言われていて、〝思い出したらクリス様に謝っておいて欲しい〟と伝えるよう言われている」
「今の私には、何をしてしまったのか想像もつきませんが……承知しました」
それだけ話を済ませると、退室しようと立ち上がるが、ふと思い出した事を尋ねるために再度座った。
こんな事を繰り返していたら、若くして膝を壊しそうだ。
「あの、なぜ今日慌ててこの話を……?」
「ベルンリア領へ帰省すると聞いたから、もしかしたら実家に戻って記憶が戻ったら混乱すると思ったんだよ」
なるほど、と納得して再び立ち上がると黒の少女とクルエラに両手を掴まれて阻止された。
2019/08/19 校正+加筆
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