第36話

 


 クリス様のしなやか、かつ男らしさのある腕に本日二度目で抱き上げられ、部屋に連れて行ってもらっている間、振動を与えずにすいすいと歩く姿に気持ちが落ち着いて間抜けな事にまた寝落ちしてしまった。

 その後も、結局熱がまた上がり、保健医のラブ先生に来てもらい改めて診察を受けると数日学園を休む事を強制されてしまった。

 次の日も、学校に行くと言ったらめちゃくちゃ怒られた。

 前世の記憶が蘇ってから私学校の態度最悪なのではと思い始めた。

 土曜日になっても微熱が続き、スティの監視のもとベッドにずっと寝かされ、ほぼつきっきりで看病され、その間は勉強すらさせてもらえなかった。

 というか、読書も禁止されて頭を使う事は全て禁止された。


 ――鬼のような令嬢だなこの子は!


 後が怖いため絶対口には出さないが、ここまで本気で押し切られたのは初めてだ。それくらい心配してくれているのは分かるのだが、シュトアール兄妹はどうにも過保護が過ぎる。

 隙あらば勉強をしようとすると、クルエラはジャスティンを召喚し、私をずっと監視する命令を下して部屋には誰もいない時を作らないようにしたりと、その徹底ぶりには流石に感服した。




 そうこうしていると、気が付けば日曜日になってしまい、明日から試験だ。

 長く続いた微熱も下がり、やっとの事で平熱になったというのにもかかわらず、今度は昼からクリス様が見舞いに来て、更には不機嫌丸出しのグラムまで来ていた。

 視線が痛い。

 そして、その人たちの後ろでにこにこと笑いながら見守るクルエラ。

 絶対に親衛隊との勝負の話の詳細を全部チクっだろと言いたげに睨むと、両手を上げてぺろっと舌を出す。何かのお菓子のパッケージのようなふざけた顔をしている。

 くそう、なんて女だ。可愛いが過ぎる。

 悔しい怒れない。

 ヒロインパワーつよい。

 あんなのに勝てるわけない。

 クルエラの可愛さに当てられて観念した私は、グラムとクリス様のお怒りの叱責を受けるためにベッドから降りて土下座の一つでも披露しようと思ったが、その身動きで察せられて、ベッドから出る事を止められた。


「あのー、寝間着姿の嫁入り前の淑女がここにいるんですけど、髪もぐちゃぐちゃでこんな姿本当はお見せしたくないんですけど……なんでここに――」

「お前は今日一日中、寝て過ごす事を命ずる。これは王太子の命令だ」

「……はぁ!?」


 ――職権濫用だ! 横暴だ! 鬼! 悪魔! 最低王太子! イケメン!


 最後は褒め言葉になってしまったが、それくらいに内心動揺していた。

 本当はここで大声で言ってやりたかったが、クリス様の方を見ると笑ったまま表情が動かない。

 しかし、こちらを見る目は笑っていなかった。めちゃくちゃ怖い。

 これは本気で機嫌が悪い……もう逆らえないと思った。

 背筋が凍るような感覚にぶるりと体を震わせると、「まだ完治していないじゃないか」だの「早く布団に入って! 悪化してしまう!」だのと色々言いたい放題に、私をベッドに横たわらせて布団を掛けてポンポンと叩いて満足そうに笑う男二人。

 むしろ好き放題やりやがってこの野郎と言いたい気持ちだけで睨むが、効果は今一つのようだ。


「せめて教材だけでも……」

「お前はまだ懲りないのか? その頭を一度空にしろ」

「でもこのままだと、生徒会室に出入りできなくなるし」

「お前が出入りできなくても、ここに集まればいいだろ。正式な婚約者のスティに会いに来る事に、文句言う奴が居るならそれこそ問題だろうからな」

「…………」


 ――その発想はなかったわ……。


 ぽかんと予想の斜め上を言うグラムの答えに、ほうけてしまった。

 色々使命感やらで追い詰められて馬鹿になっていたのかもしれないが、私の場合は自分から吹っかけておいて負けたくないと言う気持ちが大きかった。

 仮に負けたとして、平然と負けて彼とこの部屋で会ってるなんて知られてこんな言い訳通されたら屁理屈もいいところである。

 結局、それではまた同じ事の繰り返しになる。何も解決していないのだ。

 自分の弱音をあまり聞かれたくなくて、布団を目元までかけて隠れるようにしてボソリと小さくぼやく。


「でも負けたくない……」

「はぁ、貴女って本当に意地っ張りね……。じゃあ試験範囲をまとめたノートを貸してあげるわ。記憶力がいいシャルに渡したら一位取られちゃうけれど、今回は仕方ないわね」

「やった!」


 そう言って、肩を竦めて渋々とノートを渡してくれる可愛くて優しい幼馴染。

 勢いでガバリと体を起こし、現金にもありがたくノートを受け取ってパラパラと一通り目を通す。

 久しぶりの活字にらんらんと見ていると、自分の書いたものを見られるのは恥ずかしいのか、グラムの後ろに立って少し頬を染めているが容赦なく目を通す。

 本当に久しぶりの活字だと、私ははしゃいでいる。


「……なるほど、これなら……」

「――ところで、なんと言う名前の生徒と勝負をする事になったんだ?」


 すっかり口調が私の望む通りに戻ったクリス様が、ふと思い出したように聞いてくる。

 それに対して私は、うーんと唸ったあと「さぁ?」首を傾げた。

 どこかグラムと同じ口調なのに、声色が優しくて脳が溶かされそうな感覚に口元が緩むのをノートで隠す。

 そして質問に答えたいが、うーんと考えて分からないと素直に告げた。


「わかりません。というか、名前を忘れました。ただ、マーニーと一緒に実行委員の選定から外した生徒ではありました。……あ、学年五位以内に入ってると言っていました」

「二年の学年五位以内って、シャルと、スティと……? マーニーも成績だけは良かった気がする。会計のマルシェも二年だったな」

「マルシェは三位だよ。グラム」


 三位はマルシェだったのか。

 だとすると四位か五位のどちらかだ、少しプレッシャーが弱まった気がする。

 いや、でも流石に自分で五位以内で実は五位でしたとかそんなはずはないよねと思いつつノートをまた見た。

 だが実際勝負関係なくしても、勉強がおろそかになっているのは事実で気を抜くわけには行かない。

 せっかく上位を貫いていた私じゃない方のシャルティエのためにも、ここで私は手を抜くわけにはいかないだろう。

 向こうも本気でかかってくるはずなのだから、上位は確実に狙わないといけない。


「絶対、上位目指します!」

「折角下がったのにまた熱上がるから、大人しくしてくれると助かるんだけどな……」


 意気込みノートを見ながら内容を頭に叩き込んでいると、傍らで心配そうに呟くと一気に体力を消耗した私は倒れるようにパタリと横になり、熱がまた上がり死んだように眠ってしまった。

 男性がいると言うのに、こんなに気にせず寝ていられるのは幼馴染だからだろうかと呑気に考えたが、寝てしまった私には関係がない。

 結局一日まるごと眠った。



2019/08/18 校正+加筆

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