第50話 頭上と周辺の脅威
その肖像画は階段の踊り場、どこかの邸宅の壁に掲げられていた。
ひと抱えほどもある大きさのキャンバスに描かれていたのは、若い女性だった。
気品ある顔だち、きめ細かな肌、柔らかな手、優しい瞳……一目見て俺は叫んでいた。
――クレア!
そう、この絵のモデルはサイボーグ化される前の、クレアの本当の姿なのだった。
――クレア!君はなぜ、あのスクラップ置き場にいた?
俺が問いかけると絵の中の女性の唇が一瞬、微かに動いたように見た。俺が今一度、同じ問いをくり返そうとした、その時だった。緊急事態を告げるアラートが俺の浅い眠りを破った。
「――どうした、何があった?」
俺がバーフロアに戻るとクレアが固い表情で「ゴルディ、あれを見て」と言った。
監視カメラの映像に映し出された光景を見て、俺は絶句した。アジトの周囲の荒地にレンジャーやその他の群衆が押し寄せ、俺たちに対し出て来い、裁きを受けろと口々に叫んでいたのだ。
「これはいったい、どういうことなんだ」
俺がモニターに憤りをぶつけると、ブルが「どうやら昨日のネットワークニュースが原因らしいな」といって映像を保存した動画に切り換えた。映し出されたのはコメンテーターとして呼ばれた白衣の人物――ヒューゴ・ゲインズだった。
「ここ数週間のシステム暴走は、世界に混乱をもたらそうと企む盗賊ゴルディ一家の策謀です。我々『ティタノイド・ユニオン』は安定したエネルギー供給の開発を急ぐとともに、この恐るべき悪党一味を捕えなければなりません」
いかにもエグゼクティブといった風情の男たちに挟まれ、奇怪な自説をふりかざすヒューゴに、俺は怒りを覚えた。
「言いがかりもいいところだ。システムの暴走と俺たちの稼業に何の関係があるってんだ」
「関係なんかないのさ。こいつらは世界が分断されればされるほどもうかる軍事複合体だ。やつらにとっちゃ、生贄なんて誰でもいいんだ。自分たちの悪事から目をそらすのに都合がいい人間ならね」
シェリフが吐き捨てるように言った。なるほど、俺たちは奴らのスケープゴートってわけか。俺が歯ぎしりをした、その時だった。モニターに見覚えのある顔が映し出された。
「聞こえるかゴルディ!さんざんやりたい放題を繰り返してきた貴様だが、とうとう年貢の納め時が来たようだな。観念しろ!」
最前列で拡声器を手に勝ち誇ったような表情をしているのは、赤毛の保安官父娘だった。
「どうするの?降伏するんじゃないでしょうね」
「なあに、恐れることはないさ。このアジトはそこいらの大砲くらいじゃびくともしないくらい、頑丈にできてるんだ」
俺が自分に言い聞かせるようにそう呟いた、その直後だった。ふいに天井の方から不穏な響きが聞こえ始め、俺たちは一斉に沈黙した。
「いったいなんだ、この音は」
「……ゴルディ、別のカメラの映像を見て」
クレアに言われ、もう一つのモニターに目をやった俺は言葉を失った。無数の黒い影が遠くの空からこちらに向かって飛来しつつあったのだ。
「……まさか、爆撃機か?」
予想外の事態に、俺は今まで感じたことのない戦慄が背筋を駆け抜けるのを覚えた。
「ゴルディ、アジト専用の通信回線に見たことのないアドレスから呼びかけが来てるわ」
「回線を開くんだ。誰だかわからないが応じてやろう」
クレアが通信をオンにすると、ほどなくスピーカーから割れ鐘のような声が飛びだした。
「我々は『ティタノイド・ユニオン私設空軍』だ。盗賊ゴルディ、今から三十分以内に投降せよ。返答がなかった場合は直ちにアジトを爆撃する」
「どうするの?ゴルディ」
クレアの問いかけに俺は一瞬、押し黙った。……が、次の瞬間にはある決意をしていた。
「……やむを得ない。命あっての物種だ。アジトを棄てる」
「そんな……」
「最悪、命さえあればアジトはまた造り直すことができる。今は生き延びることが先決だ」
俺は全員の顔を見回しながら、苦渋の決断を口にした。
「そういうことなら、わしの古い隠れ家がある。一時的にそこに避難してはどうかの」
「本当か、ジム」
「ああ。もう長い間訪ねておらんが、なに、少々手狭なだけじゃ。手足を伸ばせんほどじゃない」
俺は余裕の笑みを浮かべるジムに頷くと、目を閉じて大きく息を吸った。
「みんな、格納庫に移動してくれ。『レインドロップス号』でここから脱出する」
俺たちは持ちだせる荷物だけを手にすると、『レインドロップス号』に乗り込んだ。
「――タイムリミットだ。これより一斉に爆撃を開始する」
敵の最後通牒がアジト中に響き渡り、俺は脱出用のトンネルへと続くゲートを開けた。
「よし、出発だジム。出来るだけアジトから遠ざかるんだ」
俺たちを乗せた『レインドロップス号』がトンネルの中を走り始めると、頭上からこの世の終わりかと思うような禍々しい振動が伝わってきた。
「やつら、本当に爆撃してきやがった!畜生、俺たちの『家』が……」
ノランが悔しさをにじませた声で叫んだ。
「ゴルディ、このままやられっぱなしでいいの?」
ジニィが怒りに燃える瞳で言った。
「いいわけないだろう。……今に見てろ、このままで済むと思うなよ」
暗いトンネルの先を見据えながら、俺は今までに感じたことのない怒りを覚えていた。
〈第五十一回に続く〉
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