第34話 アメイジング・プレステージ


「なにやってんだ、あいつ」


「……しっ、良く見てて。ノランはあの部屋の客に用があるんだわ」


 俺たちが廊下の曲がり角でノランの様子をうかがっていると、壁に貼りつくようにしていたノランがふと身体を動かした。同時に少し先の扉が開き、男性が姿を現した。


「なるほど、グレッグか。兄貴に会いに来たんだな」


「でも見たところ、直接対面するのは抵抗があるみたい」


 クレアの言葉を裏付けるようにノランは後部デッキへと向かうグレッグの後を、忍び足で追っていった。後部デッキでグレッグが足を止め、携えていたケースから何かを取りだすと、ノランは咄嗟に角に身を隠した。


「あれは……ひょっとすると『女神の手風琴』か?」


 俺たちがノランからさらに数メートル下がった場所で様子をうかがっていると、やがて哀愁を帯びた美しい戦慄が風にのって流れてきた。


「素敵ね……音色だけ聞いているとあの楽器に恐ろしい力があるとは思えないわ」


 クレアの言葉に俺が頷いた、その時だった。ふいに演奏が止んだかと思うと、角の向こう側でグレッグの声が響いた。


「そこで隠れているお嬢さん、お代なんて取りゃしないから、出ておいで」


 グレッグの言葉にノランは身体をびくんと痙攣させ、それからゆっくりとした動作で角を曲がっていった。


「二人が見える場所に移動しよう」


 俺たちはノランがいた場所に移動すると、そっと角の向こうを覗きこんだ。


「その格好もなかなかだね、ノラン」


 グレッグが目を細めて言うと、ノランは帽子の鍔を下げたまま「どうも」と言った。


「盗賊稼業は楽しいかい?」


「グレッグ、どうしてそれを?」


「ふふ、ゴルディ一家を写したスチールを通信社の友達から見せてもらってね。そうやって帽子を目深に被っても、我が家の特徴である跳ねた後ろっ毛がちゃあんと見えていたよ」


「ねえグレッグ、カーライル家のヴァネッサと婚約するって本当?」


 ノランが思い切ったように尋ねるとグレッグは腰を折り、ノランの瞳を覗きこんだ。


「いや、しないよ。彼女はよい友人さ。たしかに僕らをくっつけようとしている連中がいることは事実だ。でも、僕には家よりも大事な物がある。心配してくれたんだな?」


「うーん、別に反対ってわけじゃないんだ。ただ兄さんとヴァネッサじゃあ合わないような気がしてさ」


「鋭いな。さすがは僕の妹だ。たしかに僕らにはそれぞれ、別の思い人がいる」


「えっ」


「だがそれを公表するのはまだ時期尚早だ。今言えることは、今夜、僕らが友人同士だと公表することは僕にとってもヴァネッサにとってもしなくちゃならない義務だってことだ」


「両方の家が大騒ぎになっても?」


「むしろ大騒ぎになって然るべきさ。それぞれの家の子供たちがいつまでも親の言いなりじゃないってことを、いい加減に理解しないとね」


「……よくわかったよ。グレッグ。それを聞いて安心した。もう一つ、『盗賊ゴルディ』の名前を借りたからにはどうやって『女神の手風琴』を消すのかも聞いておきたいな」


「……しょうがないな。じゃあ目を閉じて、僕が三つ数えたら目を開けてご覧」


 グレッグがそう言うと、ノランは素直に目を閉じた。俺とクレアも同様に目を閉じ、グレッグが三つ数えるのを待った。


「いいかい、ワン……ツー……スリー!」


「――あっ」


 目を開けた瞬間、ノランと俺たちは同時に声を上げていた。少し前までグレッグの手元にあった楽器が綺麗に消え失せていたからだ。


「……こいつはたまげた。本当に消しやがった」


 俺が呟くと、少し間を置いてノランが「すげえや」と興奮した口調で叫んだ。


「グレッグ、こんな短い時間であの楽器を一体どこに隠したんだい?」


「そいつは企業秘密だよ。ノラン。……まあ本番が今以上にうまくいくように祈っていておくれ」


 グレッグはそう言うと、背後をちらと振り返った。思わず視線を追うと、デッキの端で海を眺めていたらしい女性がはっとしたように客室の方に身を引っ込めた。装いからするとメイドのようでもあり、仕事をさぼってデッキに出ていたのかな、と俺は思った。


「それじゃあグレッグ、俺はもう行くよ。盗賊の仕事が待っているからね」


「頑張れよ、ノラン。大っぴらには応援できないけど、幸運を祈ってるよ」


 ノランがこちらに引き返して来るのを見た俺たちは、頷き合うと早足で客室に戻った。


             〈第三十五回に続く〉

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