第33話 社交界の暴走列車


「乗客のみなさん、おくつろぎ中、急にお集まり頂き、大変恐縮です。実は先ほど、こともあろうに『盗賊ゴルディ一家』より電信で盗みの予告が届きました」


 クルーズの主催者が壇上でそう告げると、ラウンジに集まった客たちが一斉にざわめいた。


「予告状によると、盗むのはアシュレイ家の『女神の手風琴』と、カーライル家の『妖精の葦笛』だそうです。皆さんご存じのように、この二つの楽器は今夜の演奏会で使われる予定の品です。……ですがこうして盗みの予告が届いた以上、これらの楽器は披露すべきではないというのが、私どもの結論です」


 主催者が眉間に皺を刻んでそう結ぶと、人の輪の中から「それは違う」という声が上がった。


「これはグレッグさま、私どもが危険を回避するための助言を差し上げているのに、意義を申されるとは……」


「面白いじゃないか。盗人の予告ごときに臆して家宝の披露を取りやめたとあっては名家の名に瑕がつく。少なくとも僕は我が一族が臆病者のそしりを受けるような事は認めないつもりだ」


「……といいますと、予定通り演奏を実行されると?」


「もちろんだよ。共演者のカーライル家が辞退したとしても、こちらはやるつもりだ」


 他の客より頭一つ分、背の高い男性客がそう言うと、すぐ近くで「僕たちが辞退だって?聞きずてならないな」と声が上がった。


「こっちだって当然、予定取り演奏するさ。……なあヴァネッサ」


 声を上げたのは、知的なまなざしの男性だった。なるほど、あれがスコットというわけか。少々、芝居がかっているが、自分で書いたシナリオによほど自信があるのだろう。


「困りましたな。一応、セキュリティには万全を期しておりますが、万が一、不測の事態が起きた時のことを考えますと……」


「そうなったらそうなっただよ。決して船のセキュリティにケチをつけたりはしない」


 グレッグが強い口調で言うと、一呼吸置いてスコットが「そうとも」と後押しをした。


「わかりました。では家宝に関してはご両家の自己責任で管理をなさってください」


 主催者はそう締めくくると、大きく息を吐いて額の汗を拭った。


「面白い。どんな『盗賊ゴルディ』が現れるか、しっかり見てやろうじゃないか」


 俺は傍らのクレアにそう囁くと、日の暮れかけた甲板へ引き返す人波に加わった。


 ラウンジを出る間際、俺はすれ違ったスコットに一言、囁いた。


「こんなことを申し上げては不謹慎ですが、あの『盗賊ゴルディ』が一体どんな手管で大勢の見守る中、盗みをやってのけるのかわくわくしとります」


「そうですね。奴ならきっとあっと驚くやり方で僕らを楽しませてくれるはずです」


 スコットは俺のファンデーションで隠した傷のあたりに目をやりながら、にやりと笑った。俺は「お手並み拝見というわけですな」と言って大袈裟に両肩をすくめてみせた。


 甲板に出ると、めっきり少なくなった乗客の一部がなにやら集まって気勢を上げているのが目に入った。なんだろう、そう思って近づいた途端、輪の中心から見慣れた顔が固めた拳と共ににょっきりと現れた。


「……ブル?」


「さあ、こちらの旦那……ええと、農場主のスミスさんでしたね。勝負する方はいませんか?」


 真ん中にテーブルがあるところを見ると、どうやらアームレスリングか何かの即興試合らしい。……あの野郎、おかしなものに関わりやがって。ノランはどうしたんだ。


「腕に覚えのある奴は片っ端から来てくれ。手加減は無用だ」


 俺はいくら田舎の農園主とはいえ、上流階級とは言い難いブルの振る舞いに頭を抱えた。やがて、屈強そうな青年たちがテーブルの周囲に群がり、野蛮な余興が幕を開けた。


 俺たちが遠巻きに様子をうかがっていると、案じた通り次々と若い貴族たちが悲鳴を上げるのが見えた。


「おかしいな、さっきから汗ひとつかかせてくれないとは、兄さんたち真面目にやってるのかい」


 ブルが次第に調子を上げてきたことに一抹の危惧を感じた、その時だった。


「私ともひとつお相手願えますかな、スミスさん」


 野太い声と共に姿を現したのは、眼光鋭い中年男性だった。


「まずい、ありゃ自由陸軍のモーガン大佐だ。だから言わんこっちゃないというんだ」


 軍人対馬鹿力の一戦を、半ばあきらめに近い気持ちで眺めていると、ふいにクレアが俺の脇腹をつついた。


「……なんだ?」


「今、ノランが客室の外廊下を血相を変えて走っていくのが見えたの」


「なんだいあいつ、また何かしくじりやがったのかな」


 俺は野獣同士の一戦に後ろ髪を引かれつつ、クレアがノランを見たという客室の方に足を向けた。


             〈第三十四回に続く〉

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