第27話 やや西陽のガンマン
クレアと並んで荒野を疾走しながら、ある程度追っ手を引き離したと感じた俺はバイクを停め、端末を取り出した。
「よう坊や。案配はどうだい」
「馬鹿野郎、なんだってこんな手動式のトロッコにしたんだい。これじゃあアジトまで何時間かかるかわかりゃしねえぜ」
「あん?……おかしいな、そいつには確かエンジンがついてるはずだぜ」
「エンジンだって?」
「持ち手の先を回して見ろよ。エンジンが出てくるはずだ」
「そう言う事は前もって……あっ、ブル、見ろよ床からエンジンが出てきた」
「そら見ろ。あとは持ち手の一方を曲げてハンドルみたいに回せばエンジンがかかる」
俺は急に声のトーンを上げたノランに失笑しつつ端末をしまうと、再びバイクに跨った。
しばらく飛ばすと前方にうっそうとした森林地帯が現れ、俺とクレアは速度を落とした。
「あそこで少し、休憩といくか」
「いいわね。ちょうど緑が見たいと思ってたところ……あっ、ゴルディ、後ろ!」
クレアが短く叫び、俺はバックミラーを見た。立ち上る陽炎の中から黒い点がいくつも現れ、みるみるうちにバイクの形になった。
「追っ手だな。そうやすやすと逃がすわけにはいかないってわけか。……クレア、休憩は後だ。加速して森に突っ込むぞ」
「どうする気?隠れてもすぐ見つかるわよ」
「なに、ティータイムにご招待して差し上げるのさ。合図をしたらバイクを停めてくれ」
俺たちは一気にギアを上げると、森の中に突っ込んでいった。左右の木立がうっそうとしてきたところで俺はバイクを停め、程よい太さの木を物色し始めた。
「クレア、連中が追いつくまで何分くらいかかると思う?」
「そうね、五分ってとこかしら」
「よし、『ウッドペッカー』を使おう。君は左の木を頼む。盗賊から木こりに転職だ」
俺はクレアに三日月形の機械を手渡すと、道路の右側に移動した。この機械は木の太さと倒れる方向を入力すると、あっと言う間に深い切れ込みをこしらえてくれるのだった。
「ゴルディ、こっち側にちょうどいい木があったわ。そっちの五秒後くらいに倒すわね」
「オーケー。じゃあこっちの木で一番乗りのお客さんをお出迎えしよう」
俺は程よく太い木の幹に『ウッドペッカー』を取りつけると、必要な設定を入力した。
「じゃあスイッチを入れるぜ。それっ」
俺がリモコンのスイッチを入れると、ブレードの振動音が響き渡った。三日月形の機械が激しく幹の周囲を動きまわり、数分後には大木の両側に深い切れ込みが出現していた。
「ゴルディ、来たわ。十台はいるわね」
「ゲストにはちょうどいい人数だ。いくぞ、隠れろ!」
俺は木の陰に身を隠し、バイクを追って先頭車両が現れた瞬間、機械のスイッチを入れた。直後にめきめきという軋み音と「うわあっ」という悲鳴がこだました。
先頭車両が倒木に激突し運転者が宙に舞った直後、今度は反対側の木が倒れ始めた。
「わあああーっ」
ブレーキをかける音と悲鳴とが響き渡り、後続の車両が次々と倒木に激突していった。
あたりに静寂が戻ったのを確かめ、俺たちはそれぞれ木の陰から出て道路へと戻った。
「さてと、盗賊に戻ってお家に帰るとするか」
森林地帯を抜けた俺たちは、再び傾きかけた太陽が照らす荒野へと戻った。
――もう小一時間も走れば、懐かしい我が家が見えてくるな。
俺がほっと安堵の息を漏らしかけた、その時だった。突然、バックミラーが砕け散ったかと思うと、クレアの「きゃあっ」という悲鳴が聞こえた。
「大丈夫か、クレア」
「誰かが後ろから撃って来てるわ。気をつけてゴルディ」
俺が慌てて蛇行運転を試みようとした途端、破裂音が響いて車体が横倒しになった。
「うわっ」
タイヤを撃たれた、そう思った直後、俺の身体はバイクから弾き飛ばされ宙を舞った。
「ゴルディ!」
地面に叩きつけられながらどうにか身を起こした俺の目に、バイクを停めて駆け寄ってくるクレアの姿が見えた。まて、来るな。標的になっちまう!
俺が警告を口にしようとした瞬間、乾いた音がしてクレアがその場に崩れた。
「クレア!」
駆け寄ろうとした俺の足元で、銃弾が立て続けに泥を散らした。威嚇だ。
「大丈夫よ、ゴルディ。掠めただけ……でも敵の狙いは正確よ。動いたらやられるわ」
俺はクレアを背後に隠しつつ敵の姿をうかがった。やがて、地平の向こうから一台のバイクが現れたかと思うと、俺たちから辛うじて見える距離で止まった。
「……あいつは」
バイクを下りた細身の人物に、俺ははっとした。クラシックなガンマンスタイルに身を包んだ男の顔は、銀行のロビーで見た若者のそれだった。
「なぜあの若者が……まさか」
俺がそう叫んだ瞬間、若者がブーツの拍車を鳴らして前に進み出た。
「だから十分に警戒して下さいといったでしょう、強盗さん」
目深に被った帽子の下で、優男の瞳が冷たく光った。
「おまえが『シェリフ』だったのか。こんなに若いとは思わなかったぜ」
「見事な逃げっぷりでしたが、残念ながらここまでです。どこに行こうと私の狙いからは逃れることはできません」
「なにが孤高のガンマンだ。レンジャーの犬になり下がりやがって」
俺が悪態をつくと、『シェリフ』は涼しい表情で両肩をすくめた。
「ことごとく追跡を逃れている噂の盗賊を、この手で捕らえてみたいと思ったもので」
「みくびるなよ。俺をそこいらのこそ泥と同じに考えてたら、あとで後悔するぜ」
「十秒です。今から私が十秒数える間に、どこへでも好きな方向に逃げてください。応戦しても構いません。十秒たったら、遠慮なく撃たせてもらいます」
俺は両手を胸の前で広げたまま、数を数え始めた『シェリフ』をきっと睨みつけた。
「どうするの、ゴルディ」
「九秒後に『パラスアテナ』だ」
俺は背後のクレアに囁くと、ゆっくりと足を前に踏みだした。
「五秒前です。まだ逃げないのですか?それとも逃げても無駄と悟ったのですか」
俺たちは『シェリフ』まであと数歩のところで立ち止まった。
「三…二…」
今だ。俺はその場にしゃがみこむと、目を閉じた。次の瞬間、クレアの顔が爆発的な光を周囲に放った。
「……うっ!」
あたりがまばゆい光に包まれる中、俺は『シェリフ』の足元めがけて生きている鞭『ブラックスネーク』を放った。転倒する『シェリフ』の姿が見えた瞬間、俺は飛びかかって特殊繊維の雑嚢袋を頭にかぶせた。
「ぐっ……なんだっ?」
「そいつは抵抗すると首を絞める『縛り首の袋』さ。なに、呼吸はできるから心配するな」
俺は『シェリフ』の手足を素早く縛り上げるとクレアと共に担ぎ上げ、近くの岩陰に横たえた。いくら敵とはいえ、日干しにするのは忍びないからだ。
「噂に名高いガンマンに会えて光栄だったぜ。……クレア、『眠り姫』は持って来てるか?」
「あるわ、ゴルディ。……こんなもので顔を隠してちゃ、色男が台無しね。ガンマンさん」
クレアは胸元から香水のスプレーを取り出すと、袋の上から『シェリフ』に吹きつけた。
「危ないところだったわ」
すうすうと寝息を立て始めた『シェリフ』を慈しむように眺めながら、クレアが言った。
「まったくだ。俺としたことが不覚を取ったぜ。……さあ、早いとこ『我が家』に帰ろう」
パンクを免れたバイクにクレアが跨ると、俺は華奢な背中にしっかりとしがみついた。
「あばよ色男。楽しませてもらったぜ」
今日一番の強敵に別れを告げると、俺たちは黄昏の荒野をアジトに向かって走り始めた。
〈第二十八回に続く〉
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