第16話 荒野の一部での決闘
「なあゴルディ、この穴どこまで続いてるんだよ」
四つん這いになって俺の前を這い進むノランのぼやきが、狭く長い横穴に反響した。
「ぶつくさ言わずに進め。もう少しで行き止まりになるはずだ。そこから堅穴を上れ」
俺が後ろからどやしつけると、不平を言っても無駄だと悟ったのかノランは再び進み始めた。やがて堅穴に到達したノランが四つん這いをやめ、立ち上がるのが見えた。
「行き止まりだ、ゴルディ。上に梯子が続いてる。上っていっていいのかい?」
「ああ、地面まで止まらずに行ってくれ。十メートルほどで「蓋」に突き当たるはずだ」
俺は少し遅れて堅穴に到達すると、数メートル上をゆくノランの尻を追いかけ始めた。
やがてノランの動きが止まり「ゴルディ、頭がつかえた」という言葉が上から聞こえた。
「ようし、頭の上の蓋を押し上げて、外に出るんだ。俺も後に続く」
「大丈夫かい、ゴルディ。外で敵が待ち構えてるなんてことはないだろうな」
再びごねはじめたノランの尻を俺が頭で押すと、上からぎゃっという叫び声が聞こえた。
「なにすんだ、助平親父」
「つべこべ言わずに出ろ、後がつかえてるんだ」
俺が檄を飛ばすとノランはしぶしぶ蓋を押し上げ、外に出た。当然ながら外は鼻をつままれてもわからない暗さだった。
「……うわっ、真っ暗だよゴルディ」
「そりゃあそうだ。このあたりには町も街灯もない。俺たちのアジト以外、何もないんだ」
「こんな右も左もわからない暗さでどうやっ……待てよ、何か聞こえる。……バイクの音だ、ゴルディ」
「よし、姿勢を低くして音のする方向に向かって進むんだ」
外に出た俺はノランと共に屈みこむと、遠くに見えるバイクのヘッドライトらしき光の方に向かって進み始めた。しばらく行くとちょうどアジトの目印である『磔刑の木』の少し手前で、監視カメラが捉えたのとほぼ同じ状況が目の前に現れた。
一人の女が地面に蹲り、その周囲を三人のバイクに乗った男たちがを鮫のように輪を描いていたぶっているのだった。
「相変わらず幼稚なことばかりしてやがる。少しばかり怖い思いをさせてやるとするか」
女を脅しているのは長い髭を生やしたデブのビッグ、赤いモヒカンの骸骨みたいなボーン、そしてずんぐりした禿げ頭の小男、ビショップの三人だった。いずれも数年前、小銭をくすねようとして俺に叩きのめされている。俺は腰の雑嚢を掌で軽く叩くと「ブラックスネーク、カモン」と言った。
「なにやってんだい、ゴルディ」
「まあ見てなって」
俺がひゅっと口笛を鳴らすと、雑嚢から黒く長い物体がかま首をもたげるようにして姿を現した。
一見するとただの黒いロープだが、こいつは「生きている繊維」で編まれた特殊なロープで、砂漠にすむ毒蛇の遺伝子が編みこまれているのだ。しかもナノサイズの重力制御ユニットが繊維の間に散りばめられ、号令をかければ成層圏まで自力で上ってゆくという強者でもある。
「よし、静かに近づいて、一人づつバイクから引きずり下ろすんだ」
俺がロープの端を握って命ずると黒い蛇はするすると動き、先端を輪の形にした。
「さて、ショーの始まりだぜ」
俺は手首のスナップを効かせてロープを振り回すと、カウボーイよろしくバイクの連中に向けて放った。ロープの輪が一人の首にかかり、軽く引くと「わっ」という悲鳴が闇にこだました。
「むっ、どうした、ボーン!」
ビッグの狼狽えた声が響いた直後、別の一人がバイクから引きずり下ろされた。操縦車を失ったバイクは派手な音を立てて転倒し、三つの影のうち二つが瞬く間に消えた。
「ちっ、ビショップもか。いったい、何だって言うんだ」
さすがに恐怖を覚えたのか、ビッグはバイクを停めると周囲を忙しなくうかがった。
「粋がって弱い者いじめなんかするから怖い目に遭うのさ、坊や」
俺は黒い蛇に雑嚢に戻るよう命ずると、ハモニカの形をした物体を取り出し、口に当てた。こいつは息を吹きこむと、複数の獣の遠吠えを組み合わせた音を出す。人間の本能的な恐怖を掻き立てるような周波数に調整されているのだ。
――おおおおーん
俺が『遠吠え』をしてみせると、ビッグが闇の中で息を呑む気配が伝わってきた。
「まっ、まずい、なにかいやがる。……おい、ぼやぼやしてねえで引きあげるぞ!」
ビッグはでっぷりとした体躯に似合わぬ甲高い声で檄を飛ばすと、一目散にその場から逃げ出した。
「ま、待ってよリーダー、置いてかないでくれよ」
後を追う二台のバイクが遠ざかると、俺とノランは蹲っている女の元に歩み寄った。
「よう、怪我はなかったかい」
俺が声をかけると女はおそるおそる顔を上げ、こちらを見た。ショートカットにした亜麻色の髪こそ美しいものの、原色のミニスカートはどう見ても荒野を旅する人間の外見ではない。
「あ……」
アーモンド形の綺麗な目が俺を見た瞬間、大きく見開かれた。
「あいつらなら、もういないぜ。ちょっと驚かしたら尻尾を巻いて逃げていっちまった」
宥めるつもりでそう言うと女はますます目を見開き、やがて意識を失いへなへなとその場に崩れた。
「……なんだい、せっかく助けてやったってのに、気を失っちまった」
「あんたの顔が怖すぎたんだろ?助けに来た騎士の頬に傷があったら、そりゃあお姫さまだって気を失うさ」
ノランが俺を見て、からかうような口調で言った。
「冗談じゃない、こう見えても仲間内じゃベビーフェイスで通ってるんだ。まったく人聞きが悪いったらないぜ」
俺が憤慨すると、ノランが「それよりさ、どうすんだよこの人」と眉を寄せて尋ねた。
「もう少し町に近い安全な場所に連れていって、勝手にパトロールを見つけて貰うさ」
「またあいつらみたいな連中に、目をつけられるかもしれないぜ」
「もう十分助けたさ。後は自力でなんとかすればいい」
俺がいい放つとノランが「助けたらそれで終わりかよ、意外に薄情なんだな」と言った。
「どういう意味だ」
「せめて一晩くらい、アジトに泊めてやろうって気にはならないのかよ。見損なったぜ」
「なんだって?俺たちはおまわりでも牧師でもないんだぜ。慈善事業まがいのお節介をして面倒に巻き込まれたらそれこそ薮蛇ってもんだ」
「このまま暗闇の中に放り出す気かよ。盗賊ゴルディともあろうものが、心の狭いこった」
ノランは女の傍らに蹲ると、俺を睨みつけた。やれやれ、ガキの正義は中途半端で困る。
「わかったよ、ただし一晩だけだ。明るくなったらすぐに出て行ってもらうぜ。いいな?」
「そうこなくっちゃ。それでこそ百万クレジットの賞金首だぜ」
「つまらんお世辞はいい。……さあ、そうと決まったら手を貸すんだ。アジトまで運ぶぞ」
俺は上機嫌で口笛を吹き始めたノランに釘を刺すと、女を抱き起こす手伝いを命じた。
〈第十七回に続く〉
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