第14話 けがれなき盗賊少年


やはりな、と俺はスロットからせり出した『ティアドライブユニット』を見て呟いた。


 出力がどうにも上がらずユニットの中身をあらためたところ、『涙』の中の不純物が増えていたのだった。このまま稼働を続ければ、そのうちアジトの機能は停止してしまうに違いない。俺はアジトの動力ケーブルをメインリアクターからバッテリーへと繋ぎ変えた。


 ――まあ、たまには『魔法のエネルギー』も休ませてやらないとな。


 俺は動力室を出ると、アジトの奥にあるささやかな書斎へと足を向けた。途中、シャワールームの前を通りがかった俺の耳に突然、ノランの甲高い声飛びこんできた。


「うわっ、何で急に冷たくなりやがるんだよ!風邪を引いちまうじゃねえか」


 俺は足を止めると、ドアにはめ込まれたすりガラス越しに声をかけた。


「すまんすまん、ボイラーの動力系統を切り替えたんだ。すぐお湯に戻るから安心しろ」


 これで静かになるだろうと思った次の瞬間、聞こえてきたのは悲鳴に近い絶叫だった。


「おっ、お前っ、急に声なんか掛けんじゃねえよ!いるならいるって言えっ!」


 予想外の剣幕に俺は「悪い、気をつけるよ」と短く返してそそくさとその場を離れた。


 書斎のドアを潜った俺は、資料の整理をしていたクレアにひとしきりぼやいてみせた。


「まったくガキってもんは程度を知らねえ。確かに足音は聞こえなかったかもしれねえが、いくら地下のアジトだからって声のヴォリュームがでかすぎるぜ」


「それはあなたが悪いわ、ゴルディ」


「なんだって?」


「入浴中に家族以外の男性がすぐ外にいるとわかったら、私でも恥ずかしくて叫ぶわ」


「へえ、そんなタマにゃ見えなかったがな。見かけによらずデリケートなんだな」


「それはそうよ。いくら子供だって一応、レディですもの」


「……なんだって?今、何て言った?」


「ゴルディ、あなたずっとノランと一緒に行動してて、気づかなかったの?」


「まさか、女の子だってのか?そんな素振り、ひとかけらだって見せやしなかったぜ」


「あなたが聞かなかっただけよ。これは私の想像だけど、あえて男の子っぽく振る舞ってたんじゃないかしら」


「なんんてこった、あいつ肝心なことを隠して盗賊の端くれを気取ってやがったのか」


「あなたらしくないわゴルディ。仕事の最中に男も女も無いでしょ、違う?そんな心の狭い言い方してちゃ、盗賊ゴルディ様の名が泣くわ」


「おあいにく様、俺は『泣き虫ゴルディ』で通ってるんだ。……それより女の子とわかった以上、うちの一味にしとくわけにゃいかねえな」


「どうして?別に大したことじゃないわ。ほんの少し扱いに気をつければいいだけよ」


 俺はクレアの『見えない顔』がウィンクしたような気がして思わず肩をすくめた。


「しかし孤児とはいえ何でまた、よりによって盗賊なんかに身を落としたのかな」


「孤児じゃないわ」


「えっ」


「ゴルディ、これ見て。あの子には内緒よ」


 そう言ってクレアが俺の前にかざしたのは、人物が映った端末の画面だった。


「これは……」


「大富豪、アシュレイ家のご令嬢よ。顔に見覚え、なくて?」


「まさか……そんな金持ちが家を出てやくざな盗賊一味に加わるなんて、どうかしてるぜ」


「だからよっぽどの事情があるのよ、きっと。……でもゴルディ、むやみに尋ねたりしちゃ、駄目よ。彼女が自分から打ち明けたくなるまで辛坊するのよ、いい?」


「わかってるさ。この稼業に飛び込むような奴ぁ、例外なく訳ありと決まってる。互いの素性はいたずらに詮索しないのが渡世の掟だ」


 微かに聞こえてくるドライヤーの音を聞きながら、俺はおのれの迂闊さに溜息をついた。


             〈第十五回に続く〉

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