スマイリィ・ウィッチ、トナ村先輩

織倉未然

プロローグ 僕らのさぼった世界史と数IIの上で

 暇なので、ひとりの女の子の話をしようと思う。


 トナ村リミカ先輩は、僕より一年早く入学したのに、そのあとすぐに何らかの問題を起こして、1年間の停学を食らった。退学にならなかっただけ儲けものさ、と彼女なら笑う。この放逐の1年間、彼女がいったいどこで、何をして生きていたのか、知っている者は誰もいないが、「どうでも良いことだろうね」とトナ村先輩なら言うだろう。

 好奇心がないと言えば、嘘になる。

 しかしここでそれを出すのは早い。

 なぜなら、このトナ村先輩、2度目の一年生の一学期に、またしても問題を起こしたのだ。おかげで彼女はまた一年、停学することになった。はたして、ひとりの学生を二度も停学にし、けれども退学はさせないという、絶妙なバランス感覚の事態ってどれくらいあるだろう。ちょっと僕には思い浮かばない。

 ともあれ、これでトナ村リミカ先輩の略歴は終わった。少なくともリアルタイムで彼女の話を聞いていた僕は、この時点ではそう思った。数奇な学生生活を送っ――ては、厳密には、ないにしろ、それでも今、こうしてトナ村先輩は僕の一個下の学年をスタートしようとしているのだ、と。

 ところが続きがあったのだから困る。

 好奇心(いただきます)にはまだ早い。

「わたしはね、飛び級してきたんだ」とトナ村先輩は言った。

「頭良かったんですか」

「五限の世界史をサボタージュするくらいにはね」

 特別、頭の良さそうなセリフというわけでもなかった。

「ちょっと待ってください、トナ村先輩は今何歳なんです?」

「想像にお任せするよ」と彼女は言う。

 僕はトナ村リミカという女の子を上から下まで観察してみた。おそらく生まれは年中斜陽の街なのだろう。そしてその風景が彼女の髪に染み付いている。茶錆びた色で、しかしまっすぐに伸びている。金の粉末でも織り込まれているんじゃないかというほど輝いている、白い肌。

 そして何より、緑色の目。

「あまりマジマジみないでくれよ」と彼女ははにかんでみせる。

「すみません」

「それで?」

「というと」

「君の見立てだよ。わたしは何歳に見える?」

「僕は今年で17なので、期待としては同い年ですね」

「君の期待は聞いていなんだけどな」と彼女は呆れたように首を振る。そして長い息を吐き、空を見た。

 彼女の問いにちゃんと答えなかったのが僕ならば、僕の質問にちゃんと答えなかったのも彼女であり、まあ僕とトナ村先輩は、そのようにして、似たり寄ったりというわけだった。

 そして終業のチャイムが鳴る。僕らのすっぽかした五限の数IIと世界史は、こうして幕を下ろした。放課後のはじまりだ。

「さあ行こうか」と言って、トナ村先輩は立ち上がる。スカートを払い、そばに畳んでいたローブを掴み、ぐるっと回して肩から羽織る。首元でボタンを留めて、目を瞑り、そのまま僕に確認する。

「共犯関係を”やっぱなし”って言うのは、今が最後の機会だよ」

 僕の答えは決まっていた。

「弟子入りしたのは僕の方ですよ、先輩」

「そうだったね」

 僕は彼女の三角帽子を手渡した。リボンの巻かれるはずのところに、大きく引き伸ばされた三日月みたいに笑う口が描かれている。それはトナ村先輩のある別名の由来でもあり、実のところその物語こそが、彼女の高校生活を足止めしてきた所以にも繋がっていた。

 

 彼女には夢がある。それは高校生活をちゃんとはじめて、ちゃんと終わらせることだった。僕はその手伝いをしたいと思い、そうして魔法使いの弟子になることを決めたのだった。

 でもそう、その話をちゃんとするためには、それこそ先週の金曜日の夜に時間を戻さなければならない。

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