エピローグ
エピローグ 1
ああ……なんか、僕のせいで、サプライズは、すっかり、おじゃんになった。
ある意味、猛は心臓が止まるほどドキドキしたらしい。が、それは僕らの計画したサプライズではない……。
ほんと、ごめん。
猛にはケガまでさせちゃったし。
いつもの猛なら、ナイフに素手で立ち向かっても無傷なのに。よっぽど冷静じゃなかったんだな。お医者さんに診てもらったら、たいしたケガじゃなかったから、いいんだけど(でも、二針ぬった)。
サプライズは台無しになってしまったが、焼肉の山、ハッピーバースデーでロウソクふきけし、みんなからのプレゼント。
猛は喜んでくれた。
僕の知らないうちに今井さんと藤江さんも来てた。猛が一番よろこんだのは、今井さんからのプレゼントだ。
「じゃーん。作ってみたよ」
「これは!……薫ですね?」
「そうだよォ。このムニュッとした口。上出来でしょ?」
ああ、もう。僕の口は、そんなにムニュッとしてるのか。
今井さん独特の怪我ドール僕バージョンだ。頭に包帯まいて、腕を三角巾でつっている。
あわれだなあ、僕……。
「薫。ケガしたのか? ドジだなあ。悪い人に、ノコノコついてくからだぞ(すいませんね……)。兄ちゃんに心配させるなよ」
ああッ、猛がギューッとした。
みんなの前で、ぬいぐるみ、ギュッとしたァー!
「今井さん。こんな危ないもの、猛に与えないでくださいよ。夜な夜な抱いて寝てるんじゃないかと思うと、心配になるじゃないですか」
「ヌイグルミなんだから、抱けばいいよ」
「いや、だからって、兄の場合、年齢と性別に問題が……」
「気にしない。気にしない」
「ひとごとだと思って。だいたいねえ。僕の口、こんなにムニュッとしてませんよ。ちょっとアヒル口なだけでしょ」
「えッ?」
「かーくん?」
あ……あれ? なんで、みんな、そんな目で見るの?
「もしかして、気づいてないのか? おまえ、考えごとするとき、こうやって『ムニュッ』としてるぞ」
ええーッ! 知らなかった……。
パーティは盛況のうちに幕をとじた。
マンションの一室に残ったのは、僕、猛、蘭さん、三村くんの、いつものメンバー。
「それにしても、僕も見たかったなあ。カッコイイ兄ちゃん。謎解きしてるときが一番、カッコイイのに」
僕が京塚さんの奥さんと語らってるうちに、事件は解決してしまったらしかった。
まさか、犯人が京塚さんの奥さんだったとはね。僕の理想のおばあちゃんだったのに。
京塚さんの奥さんは、あとからやってきた京塚さんが、つれ帰った。
「かならず、約束は果たしますよって」
そう言って、京塚さんは頭をさげていった。
見送る兄ちゃんは、少し物悲しい目をしていた。探偵をしてるとき、たまに兄ちゃんは、こんな目をする。
「帰しちゃって、よかったの?」
僕がたずねると、
「ああ。あの人は信用できる」
と答えて、猛は僕の背をたたいた。
「帰ろう」
急速に闇の深くなる公園。
奥さんの肩をだいて去っていく京塚さんたちは、夜にまぎれて見えなくなった。
なんだか、この世ではない、どこか遠い世界へ旅立っていくように見えた。
「兄ちゃん。僕、思うんだけど。それでも、やっぱり、京塚さんの奥さんは悪い人じゃないよ。大切な話があるっていうから、ついてったんだけど。あの人、僕を殺そうと思えば、機会は何度もあったんだ。ためらってたんじゃないかなあ」
「京塚さんも奥さんも、悪い人じゃないよ。かえって人間的にひどかったのは、立川さんや細野さんのほうだ」
悪人のほうが生きやすい世の中なのかもなって、兄ちゃんは、うそぶいた。
「おまえみたいな、だまされやすいやつよりな。ちょっとは警戒しろよ」
ゴツンと僕の頭をたたいて、猛は顔をしかめる。傷に響いたんだろう。
僕はねえ。ほんと、これで何度め、猛に命、救われたことか。兄ちゃんがいなかったら、とっくに死んでるよなあ。
哀愁ただようカッコイイ兄ちゃんに、僕はホレボレして帰宅した。
だが、そこで見たのは、前述のごとく、ぬいぐるみをギュッとする兄ちゃん。
「ああッ、かーくん。大変だぞ」って、急に大声だすから、なにごとかと思えば、
「京塚さんに、かーくんドール、返してもらうの忘れてた!」
「あきらめなって、兄ちゃん。かっこ悪いよ」
「カッコなんか、どうでもいい(さよう。猛は自分が他人に、どう見えるのかなんて気にしない)。今から行って、返してもらおうか」
「やめときなって」
後日、この人形は、ちゃんと郵送されてきた。
京塚さんの奥さんが旅行中に事故死したと聞いたのは、その数日後のことだ。京塚さんは自首したそうだ。
愛波さんが僕らの家をたずねてきたのは、さらに数日後。
報告書と経費の明細書は、深草の彼女の実家に送っといたんだけど。
そういえば、猛は一時期、愛波さんのお父さんを犯人じゃないかと疑ってたらしい。でも、蛭間さんの刺された日、お父さんのアリバイはあった。それで、すぐに、その可能性は捨てたんだそうだ。
僕から交通費だって言って、一万むしりとっていったのは、そのせいだったのか。
いや、でも深草で一万って、おかしくないか? 京阪乗って、せいぜい往復千円でしょ。むう。猛め……。
「愛波さん。どうしたの?」
「今日はね。兄に代わって、あいさつに来たんです。兄は自分で来ると、別れが悲しくなるからって」
「別れって。どっか行っちゃうんですか?」
いつものように居間に通す。
居間には猛と三村くんがいた。
誕生日に蘭さんから貰った『猛さんの趣味開発プロジェクト』その一(その十まである)を、タタミの上にひろげてる。ようするに、模型機関車をつくってるんだけど。見てると、さっきからパーツを組み立ててるのは、もっぱら三村くん。
愛波さんが猛の背中を見つめてる気がする。
僕の思いすごしか?
「兄はまたイギリスへ行くそうです。一年になるのか、二年になるのか、もっと長いのか。それは、わかりませんが」
猛から兄妹の事情は聞いてたので、僕は心配になった。せっかく、これから、わだかまりをなくそうってときじゃないのか?
「愛波さんは、それでいいの?」
愛波さんは、ほほえんだ。やっぱり可憐な笑顔。猛は僕の勘違いだって言うんだけどさ。
「どうせ、いつものセンチメンタルジャーニーですから。あきたら帰ってきます」
三村くんが、ふりかえる。
「かなんなあ。イギリスまで弟子入り志願行くんは、たいへんやで」
でも、行くよね? 三村くん。
「今回は以前ほど長くはないと思いますよ。なんといっても、こっちに九重さんがいますからね。たぶん、一年もたたずに帰ってくるんじゃないですか? ところで、その九重さんは?」
「蘭さんね。起こしてこようか?」
起こすまでもなかった。
階段をきしませ、おりてくる足音がする。
ガラリとフスマがあいた。
アクビをしながら、蘭さんが入ってくる。
「おはようございます。かーくん。猛さん。鮭児くん」
蘭さんは腕に抱いたミャーコをゆかにおろそうとして、あとずさった。やっと、愛波さんに気づいたのだ。
「女。僕を見るな」
蘭さんは、あわてふためいて、洗面所へ走っていった。
心配しなくたって、寝起きでも、充分すぎるほどビューティフルなのに。
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