六章 探偵は、ため息つくでしょう 3—4
「これが最初に立川さんの隠したた位置なんです。つまり、誰かが立川さんの死後、翌日の昼までに人形を動かした。
蛭間さんに聞いてみました。立川さん遺体発見後、翌日の昼までにアトリエに入った人がいないか。蛭間さんは入ったが、なめし革にはさわってない。鮭児も入ったが……鮭児なら、自分の作った人形を見つければ、そう言って、みんなの前に持ってくる。じゃあ、ほかの誰が人形にさわったのか?
じつはね。細野さんがお店に置く人形を確認したいと言って、一人でアトリエに入ったそうです。本当の目的は、横領の証拠になる通帳を探すためだったんでしょう。
蛭間さんによれば、アトリエに入ったのは、この三人だけだ。つまり、人形を動かしたのは、細野さんです。細野さんは、昼の段階で薫の人形を見つけているんです。見つけて、そのまま、なめし革のなかに戻した。ただし、ウッカリ、となりのなめし革のなかに。
細野さんは立川さんに横領の件で、ゆすられていた。だから、立川さんが隠した人形に、ヘタにかかわりたくなかった。そのことで横領がバレると困りますからね。知らないふりして、こっそり、もとに戻したんです。
つまり、細野さんは薫の人形なんて、まったく興味なかった。なのに、遺体になったときには、バッグのなかに入ってた。誰かが盗みだしてきたところを見て、とりあげた。そういうことでしょう? そして、あの人形をほしがってたのは、京塚さん。あなたの奥さんだ」
京塚は、うなるような吐息をついた。
「……静子は、病気なんや。あんまり悲しいことが続いたさかい、病気になってしもたんどす」
「蘭々さんのことですね?」
はッと、京塚が息をのむ。
「そこまで、調べついてましたんか」
「蛭間さんが最初に人形のモデルにした人だ。この、薫の人形とならんで写ってる女の子の人形。蛭間さんが小学校の工作の時間に作ったものですね」
「へえ。さよです」
「蘭々さんはインフルエンザで亡くなった。あなたの一人娘、幸子さんの忘れ形見だった」
京塚は肩をおとし、涙をこらえているようだ。
「蘭々は、わてらに遺された最後の宝でした。幸子も若うに逝ってしもて。婿はんが家業、継いでくれる言うてくれましてな。嫁はん、もろて、よう尽くしてくれます。感謝しとりますわ。婿はんらのあいだにできた孫も、かわいおまっせ。血のつながりはありまへんがな。
けど、蘭々は特別でした。蘭々の可愛さ、愛しさには、ほかのなんも、くらべようがおまへん。わてらの宝やったのに、あっけのうインフルエンザなんぞで、亡うなってしもて……。ほんまに、この世の終わりやと思いました。わても悲しかったが、静子は、いっそう悲しんで。それで、病んでしもたんです」
「蛭間さんの作る人形には死者の魂が宿る、と信じたんですね?」
「最初は、そうやないかと疑うていどやったと思います。蘭々に次いで、蛭間はんのお姉さんも亡くならはってな。不幸なぐうぜんでした。そのとき、静子のやつ、お姉さんの棺おけから、蛭間はんの入れた人形、ナイショで持って帰りよったんどす。蘭々の人形に友達がでけた言うて、喜んどりました」
「数年後、近所の八木さんが亡くなってますね。八木さんにも、蛭間さんが手作りの人形をプレゼントしている」
京塚は黙りこむ。これ以上、妻の罪状をふやしたくないのだ。
「京塚さん。いくら他人の人形を盗む現場を見られたからって、それだけで立川さんを殺してしまうのは、おかしい。あなたがたの家業は人形店なんだから、言いのがれはできたはずなんだ。『今度、うちの店でも、こんな人形をあつかってみたいと思いまして。息子に見せるために、少し借りただけです。あとで返すつもりでした』とでも言えば。
それが、いきなり殺人だ。人形をとりあげられただけの理由じゃない。そのとき、すでに、他人に知られてはいけない秘密が、あなたの奥さんにあったからじゃないですか? つまり、八木さんを殺したのは……」
肩を落とす京塚に、猛はささやきかける。
「蘭々さんのお友達だったからですよね? 近所の幼なじみ。蘭々さんと仲のよかった八木さんの人形を、蘭々さんに、ささげてあげたかった。その人形には、魂が入ってなければならなかった」
京塚は吐息をつく。
「そのへんで完全に、おかしなってしもたんでっしゃろなあ。蛭間はんの人形には死んだ人の魂が宿ると、信じこんどりました」
「おまけに、谷口さん、阿久津さんも死んだ。世間でも、そんなウワサが立つようになった。奥さんは妄執を深くした」
「そのころからでしたか。蘭々にも、そろそろ婿さんが欲しい言うようになりましてな」
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